2021年10月7日
利他的行動と幸福度の関係に関する世界の様々な研究(※1)
他人の幸せのために行動すると、幸せになれるのでしょうか。世界各国で、寄付のように他人に利益を与える行動をする人は、幸福度が高い傾向にあることが示されています(※2)。こうした「自分に何らかのコスト(時間、労力、お金など)を負いながら他者に利益を与える行動」(※3)のことを利他的行動といいます。しかし、利他的行動をする人は、利他的行動によって幸せになっている可能性もあれば、幸せだから利他的行動をしている可能性もあります。そのため、利他的な行動をしている人と利他的な行動をしていない人の幸福度を比較しても、その因果関係を捉えることはできません。そこで、この因果関係を捉えるために、世界で様々な実験的な研究が行われてきています。
例えば、北米で行われた研究では、研究者から渡されたお金を自分のために使うよう指示されて使った人よりも、他人のために使うように指示されて使った人の方が、平均的に幸福度が高まったことが確認されました(※4)。実験では、参加者はランダムに、自分のために使うよう指示されるグループか、他人のために使うよう指示されるグループに分けられ、各グループの同質性が担保される中で行われました(※5)。実験により、他人のためにお金を使うことと、幸福度の高まりに因果関係があることが示されたと考えられます。
利他的な行動が幸福度を高める傾向は、世界的に見れば経済的に豊かと考えられる北米のみでなく、参加者の20%が過去1年の間に自分か家族が食糧を得るためのお金がないという経験をしていた南アフリカで行われた実験でも確認されています。この実験では、参加者はランダムに2つのグループに分けられ、1つのグループには、自分のためにお菓子などの入った袋を購入する機会が与えられ、もう1つのグループには、地元の病院にいる病気の子どもたちのために同様の袋を購入する機会が与えられました。その結果、病気の子どもたちのために購入したグループの方が、幸福な気分になったことが確認されました(※6)。
更に、こうした利他的な行動が幸福度を高めるという因果関係は、幼い子どもの間でも確認されています。ある実験では、平均2歳に満たない幼児がお菓子をもらったときと、さらに幼児がもらったお菓子をあやつり人形に分けてあげたときを比べると、あやつり人形に分けてあげたときの方が、より幸せな表情を見せたことが報告されています(※7)。
(※1)この節は、Dunn et al.(2014)を参考にしている。
(※2)Aknin et al.(2013)
(※3)出馬圭世「利他的行動」『脳科学時点』(https://bsd.neuroinf.jp/wiki/利他的行動#:~:text=利他的行動は自分,を与える行動を指す。2021/3/22アクセス)
(※4)Dunn et al.(2008)
(※5)こうした形で研究者が参加者をランダムに分けて介入を行う実験をランダム化比較試験(RCT)という。
(※6)Aknin et al.(2013)
(※7)Aknin et al.(2012)
日本で利他的行動と幸福度の因果関係を確かめた実験
利他的行動が幸福度を高めるという因果関係が、経済状況や年齢に関係なく確認されていることを紹介しましたが、日本でも同様の傾向がみられるのでしょうか。これを確認するために日本で大規模なWEB実験が行われました(※8)。
この実験では20〜69歳の1,658名の参加者に、100円相当のポイントが当たるかもしれないくじを行う旨が説明され、参加者にはランダムに、「当選」「その他(寄付)」「落選」の3つの画面のいずれかが表示されました。「当選」の人には当選の旨、「その他(寄付)」の人には、実験者が用意した100円の寄付先を選択してもらう画面、落選の人には落選の旨が表示されました。その後に計測された幸福度の値が図表1です。
(出典)ニッセイ基礎研究所 岩ア(2021)
(※90%信頼区間)その後に計測された幸福度の値が図表1です(※9)。
「当選」のグループと「寄付」のグループを比べると、「寄付」のグループの方が少しだけ幸福度が高い傾向がみられます。その差は約0.1点で、「当選」の場合より、約1.5%高い値でした(※10)。この結果は、100円を自分がもらうことによって上がる幸福度よりも、その100円を誰かにあげることによって上がる幸福度の方が大きいという意味で、利他的行動が幸福度を高める可能性を示唆するものです。
(※8)ニッセイ基礎研究所 岩ア(2021)
(※9)幸福度の把握には、「現在、あなたはどの程度幸せですか。「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか。」という11段階の選択式質問を用いています。
(※10)最小二乗法による推計でも、当選した人に比べて、落選した人の幸福度は低く、寄付した人の幸福度が高いことが確認されました。
本稿で紹介した研究は、利他的な行動がその人自身を幸福にする傾向を示しています。一方で、利他的行動の幸福度への効果は短期的で、長期的に見ると負の影響がある可能性があることを示唆する研究も発表されています(※11)。今後、こうした利他的行動の長期的な影響に関する検証や、利他的行動と幸福度の関係についてのメカニズムが更に検証されていくことによって、利他的行動と幸福度についての理解が深まり、より幸福度の高い社会の構築に繋がっていくことが期待されます(※12)。
(※11)Falk & Graeber(2020)
(※12)本稿は、ニッセイ基礎研究所 岩ア(2021)を元にしている。
参考文献
(※1)Dunn, E., Aknin, L., & Norton, M.(2014)Prosocial spending and happiness: Using money to benefit others pays off. Current Directions in Psychological Science, 23-41.
(※2・6)Aknin, L.B., Barrington-Leigh, C.P., Dunn, E.W., Helliwell, J.F., Burns, J., Biswas-Diener,R., Kemeza, I., Nyende, P., & Norton, M. I.(2013). Prosocial spending and well-being: Cross-cultural evidence for a psychological universal. Journal of Personality and Social Psychology, 104, 635-652.
(※4)Dunn, E.W., Aknin, L.B., & Norton, M. I.(2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319, 1687-1688.
(※7)Aknin, L.B., Hamlin, J.K., & Dunn, E.W.(2012). Giving leads to happiness in young children. PLoS ONE, 7(6), e39211.
(※8・11)岩ア敬子(2021年7月)「他人の幸せの為に行動すると、幸せになれるのか?―利他的行動の幸福度への影響の実験による検証―」ニッセイ基礎研所報vol65, p57-p62(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68200?site=nli)
(※10)Falk, A., & Graeber, T.(2020). Delayed negative effects of prosocial spending on happiness. Proceedings of the National Academy of Sciences, 117,201914324.10.1073/pnas.1914324117.
(ニッセイ基礎研究所 岩ア 敬子)
筆者紹介
岩ア 敬子(いわさき けいこ)
株式会社ニッセイ基礎研究所、保険研究部 准主任研究員
研究・専門分野:応用ミクロ計量経済学・行動経済学