これは、東京都の調査結果ですが、多くの大都市で同様の傾向にあるのではないかと思われます。それは例えば、市民農園が都市部で増加していることからうかがえます。
都市住民が農作業体験をするとしたら、その場所として最初に思い浮かべるのは、市民農園ではないでしょうか。市民農園の開設数は、都市部とそれ以外で比較すると、都市部の増加が目立っています。(図表2)
最近では、民間企業が農家の市民農園開設を支援し、農家から業務委託を受けて開設する市民農園が増えています。こうした市民農園では、開設後の集客や運営のサポート、利用者向けイベント開催等を、受託した企業が行っており、区画面積も手頃で無理なく始められることから、若いファミリー層が子どもと一緒に農作業を行うというニーズにフィットして、大都市部を中心に開設数を増やしています。
(注)都市的地域とは、可住地に占める人口集中地区面積が5%以上で、人口密度500人以上又は人口集中地区人口2万人以上の旧市区町村又は市町村もしくは、可住地に占める宅地等率が60%以上で、人口密度500人以上の旧市区町村又は市町村。ただし、林野率80%以上のものは除く。市民農園整備促進法及び特定農地貸付法の手続きに従って設置されたもののみ。
(資料)「市民農園をめぐる状況」農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/nousin/nougyou/simin_noen/zyokyo.html
「農」を通じた豊かな都市生活
2018年9月に、「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」(都市農地貸借法)が施行されました。これは、生産緑地を貸し借りしやすくする制度を設けたものです。これによって、これまでは農家の市民農園をサポートする形で、農園サービスを提供していた民間企業が、農家から生産緑地を借りて直接、市民農園を運営することができるようになりました。
他にも、新規就農希望者が、生産緑地を借りて営農することが可能となりました。近年、新規就農を希望する若い人が増えているものの、就農できる場所は農地を無理なく借りられる市街化区域外に限られていました。これからは、消費者に近い立地条件を生かした農業経営で勝負することができます。
2019年3月に、生産緑地の貸借による新規就農第一号が誕生しました。東京都日野市の川名 桂(かわな けい)さんです。川名さんは20代という若さ。借受けた生産緑地は約2,100㎡の畑地で、現在は露地野菜を中心に栽培していますが、将来的にはより生産性の高い施設でトマト栽培を行い、身近な消費者に安定的に新鮮なトマトを供給したいと希望しています。
また、2017年5月の生産緑地法の改正で、生産緑地に農産物直売所や農家レストラン、6次産業施設の設置が可能になりました。これにより、農作業体験とセットで、農産物加工品の販売や外食サービスを提供することができます。地方に行くと、「道の駅」にこうした施設が設けられ、多くの観光客でにぎわっていますが、同じようなことが都市部でできるようになりました。このような事業は、農家が直接行うばかりでなく、食に関する企業が農家と連携して事業化することも十分考えられます。
以上のように、都市住民の強い関心を背景に、今後は都市の「農」に介在するプレイヤーの多様化が予想されます。そのことで、「農」と都市住民の距離がグッと近づくようになるはずです。これまでは農家が生産した作物を、何らかの形で購入して得るというのが、「農」と都市住民との基本的な関係でした。(図表3-1)
今後は、新規就農者、サービス業者など、農家以外に多様な主体が「農」に携わるようになり、それによって都市住民の都市農業への関心がさらに高まれば、農家から直接作物を買取って多くの消費者が集まる駅前で販売するといった形の流通業者が登場することが予想されます。また、農業者と都市住民の接点を多様なかたちで作ろうとする非営利の活動が生まれたりするのではないかと考えます。
そこから都市住民が得るものは農作物に限りません。農作業を通じた体験や学び、「農」を通じた人との交流やそれによって生まれる共感や、生産者の思いやこだわりといった農作物の背景にある物語などがあげられます。(図表3-2)
つまり、農業者や事業者にとってはビジネスチャンスが生まれ、都市住民にとっては、「農」を通じた豊かな都市生活がもたらされるのです。
(ニッセイ基礎研究所 塩澤 誠一郎)
筆者紹介
塩澤 誠一郎(しおざわ せいいちろう)
社会研究部 都市政策シニアリサーチャー・ジェロントロジー推進室兼任
研究・専門分野:都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発