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3分でわかる 新社会人のための経済学コラム

第116回 健康管理に努めている人は医療保険に加入している確率が2倍!?−「逆選択の逆」

2019年10月1日

1. 健康行動をしている人は4割、していない人は2割の人が医療保険に加入

 健康で「病気になるリスク」が低いと考えられる人と、健康に不安があり「病気になるリスク」が高いと考えられる人を、保険会社が見分けることができない状況で、保険会社が両者をまとめて平均的に病気になる確率を計算して保険料を定めれば、その保険料は、健康な人にとっては割高なものになります。

 その結果、健康な人はその保険に加入せず、健康に不安がある人の加入傾向が高まります。そうすると、保険加入者のグループの病気になる確率が高まるため、保険会社は保険料の引上げを行わなければいけなくなります。すると保険加入者はますます健康に不安があり「病気になるリスク」が高い人ばかりになってしまいます。保険市場におけるこのような現象を「逆選択」といいます。

 「逆選択」は保険市場の中心的な課題ですが、実社会ではその現象が常に確認されてきたわけではありません。より病気やけがをするリスクの低い人が保険に加入する傾向が強いという「逆選択の逆」の現象もいくつかの保険市場で確認されており、「アドバンテージャス・セレクション」と呼ばれます。

 日本の医療保険市場では、「病気になるリスク」が高い人の方が医療保険に加入しているのでしょうか(逆選択)、それとも「病気になるリスク」が低い人の方が医療保険に加入しているのでしょうか(アドバンテージャス・セレクション)。それを確認するため、2018年8月にニッセイ基礎研究所が実施したWEBアンケート調査をもとに、「病気になるリスク」が高いと考えられる人と「病気になるリスク」が低いと考えられる人の医療保険の加入率を比較したのが図1です。

図1. 健康行動をしている人としていない人の医療保険に加入している割合

引用)岩ア 敬子、2019年7月、「保険加入における逆選択の逆」基礎研レター https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62161&pno=2?site=nli

 普段から健康のための行動をしている人は「病気になるリスク」が低いと考えられることから、普段から健康のための行動をしているかどうかを「病気になるリスク」の高低を定める指標として利用しています。普段から健康のための行動をしている人のグループでは医療保険に加入している人の割合が約4割なのに対し、健康のための行動は何もしていない人のグループでは医療保険に加入している人の割合は約2割で、健康のための行動をしている人の方が、医療保険に加入している確率が2倍高いことがわかります。

 この調査の結果から日本の医療保険市場では、健康のための行動を行っている、つまり「病気になるリスク」が低いと考えられる人の方が医療保険に加入しているという、アドバンテージャス・セレクションの現象が起こっている可能性が示唆されました。

2. 「逆選択の逆」の要因

 「逆選択」の現象が見られない、または、アドバンテージャス・セレクションの現象が見られるのはどうしてでしょうか。これまでの研究では、病気やけがをするリスクが高い人はもともとリスクを回避する傾向(リスク回避度)が低く、その結果保険に加入しないという影響が注目されてきましたが、本当にリスク回避度が要因であるのかはまだ明らかになっておりません。

 2018年8月にニッセイ基礎研究所が実施したWEBアンケート調査をもとに、健康行動と医療保険加入の決定要因を分析した結果では、これまでの研究ではリスク回避度は医療保険の加入とも健康行動とも統計的に有意な関係は確認されませんでした。一方、時間割引率(将来の価値を割引いて感じる傾向(※)が小さい人や、曖昧さ回避度(確率が分からない事象を回避する傾向)の高い人は、医療保険加入傾向も健康行動をしている傾向も統計的に有意に高いことが確認されました。時間割引率が大きい人は、将来「病気になるリスク」をより割引いて考えることで、健康行動をしなかったり、医療保険に入らなかったりする可能性があり、曖昧さ回避度が高い人は、健康のための行動や医療保険への加入によって、病気やけがによる確率の分からないリスクを回避しようとする可能性あり、これらがアドバンテージャス・セレクションの要因となっている可能性が考えられます。

 近年は、健康増進型医療保険のように保険加入後の健康行動を推進する商品が登場しています。
こうした健康のための行動に注目した保険商品の拡大は、健康のための行動と医療保険加入の関係から見ると、自然な流れといえるかもしれません。

参考資料)岩ア 敬子、2019年7月、「保険加入における逆選択の逆」基礎研レター https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62161&pno=2?site=nli

(※) 時間割引率の説明は以下ご参照 「第110回 後回し傾向で、貯蓄額は211万円減少・肥満確率は2.8ポイント上昇?!」

(ニッセイ基礎研究所 岩ア 敬子)


筆者紹介

岩ア 敬子(いわさき けいこ)

株式会社ニッセイ基礎研究所、保険研究部 研究員
研究・専門分野:災害復興、金融・健康行動、メンタルヘルス、ソーシャル・キャピタル