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3分でわかる 新社会人のための経済学コラム

第110回 後回し傾向で、貯蓄額は211万円減少・肥満確率は2.8ポイント上昇?!−ダイエットや貯金を妨げる双曲割引とは−

2019年4月2日

1. 時間割引率−ひとそれぞれ違うせっかちさ−

 突然ですが、質問です。AとBどちらか好きな方を選んでお金をもらえることになった場合、あなたはどちらを選びますか?
A. 今日もらえる1万円
B. 1カ月後にもらえる1万100円
多くの人が、Aの今日もらえる1万円を選ぶのではないでしょうか。これは、人間には、将来もらえるお金の価値を、(現在の価値にすると)表面上の金額よりも小さく感じる=割引いて感じる傾向があることを示しています。

 人間が、将来の価値を割引く率のことを「時間割引率」といいます。「時間割引率」は、主観的な感覚なので人によって異なります。たとえば、先ほどの選択ではAを選んだ人でも、今日もらえる1万円と1カ月後にもらえる1万500円という選択肢だったら、1カ月後にもらえる1万500円を選ぶ人もいるでしょう。一方で1カ月後にもらえる金額が1万1,000円だったとしても、今日もらえる1万円を選ぶかもしれません。「時間割引率」が大きい、つまり、1カ月後にもらえる金額が今日もらえる金額よりもとても大きくなければ、今日もらうことを選ぶ人は、早くもらいたいというせっかちな人ということで、「時間割引率」は「せっかちさ」や現在を重視する程度を表すといわれています(池田2012)。また、時間割引率が大きい人は、お金や健康などの長期的な計画を立てにくい傾向があることが知られています。

2. 双曲割引−遠い将来は待てるけど近い将来ではせっかちに−

それでは、次の場合はどうでしょうか。あなたならAとBどちらを選びますか?
A. 6カ月後にもらえる1万円
B. 7カ月後にもらえる1万100円
この場合は、Bを選ばれる方も多いのではないでしょうか。先ほどの選択と同じで、AとBの選択肢の間の期間は1カ月で、もらえる金額の差は100円ですので、「せっかちさ」が近い将来でも遠い将来でも同じならば、先ほどの選択でAを選んだ人は、今回もAを選ぶはずです。しかし、「せっかちさ」は、近い将来では大きく、遠い将来では小さくなる傾向があることが知られています。このため、先ほどの質問ではAを選んでいた人も、この質問ではBを選ぶようになることがあるのです。この「せっかちさ」が、近い将来で大きく、遠い将来では小さくなる傾向は、双曲割引(※1)と呼ばれ、図1で表すことができます。

  • (※1)x軸を時間経過、y軸を時間割引率とすると、反比例(双曲線)のグラフで表されることからこういわれています。

図1:双曲割引

3. 双曲割引が引き起こす後回し行動

 双曲割引は言い換えると、今すぐ得られる利益を優先してしまう傾向といえます。そのため、双曲割引の程度が強いほど、後回し行動を引き起こしやすくなります。ダイエット計画の実行を思い浮かべてみましょう。ダイエットの完璧な計画を立てても、いざケーキの誘惑を前にすると、双曲割引の傾向が強い人は、今すぐ得られる喜びであるケーキを食べることを優先してしまいます。計画する時点ではケーキを我慢するのは遠い将来なので、小さな「せっかちさ」で判断するため、ダイエットが成功することの価値を大きく感じます。しかし、いざケーキを前にすると、大きな「せっかちさ」で判断することになります。すると、ダイエットの成功で得られる将来の喜びは、大きく割引かれてしまい、ケーキを食べるという今すぐ得られる喜びの方が大きく感じるようになります。そのため、結局ダイエット計画の遂行は後回しになってしまうのです。つまり、「ダイエットは明日から」は双曲割引がもたらす行動であると考えられるのです。

図2:「ダイエットは明日から」のメカニズム

 貯金のむずかしさについてもダイエットと同様に、考えることができます。綿密な貯金の計画を立てても、いざ貯金をする時には、将来目標額を達成することの価値は大きく割引かれて、今すぐ得られる利益として欲しいものを購入することの価値の方が大きく感じるようになるのです。
近年の行動経済学の研究では、実際に、この双曲割引の傾向が強い人は、双曲割引が平均的な人に比べて、65歳時の退職貯蓄額が、約19,000ドル(日本円で約211万円(※2))少なかったり、肥満である確率は、双曲割引の強さが高まるにつれ、2.8ポイントずつ上昇したりする傾向が示されています。(図3参照)

図3:双曲割引と退職貯蓄額・肥満率

4. 4月からの新生活で活用しよう−後回しの誘惑に負けないために−

 双曲割引の傾向がある人でもすべての人が後回し行動をするわけではありません。双曲割引の傾向を自覚して、将来の自分の目標に向けてしっかりと計画し、そのとおりに実行できれば、後回し行動を回避できます。新生活を機にこれまでの自分の行動を振り返ってみてはどうでしょうか。

  • (※2)1ドル111円換算
  • (※3)双曲割引の傾向が強い人は、双曲割引の傾向が低い人に比べて、1標準偏差分双曲割引の傾向が強い人を指します。
  • (※4)ここでは双曲割引の強さは、宿題の後回し傾向(5段階)で計測されています。(池田2012)
参考資料)池田伸介「自滅する選択」2012
Goda, GS, M. Levy, C.F. Manchester, A. Sojourner J. Tasoff, 2018.
Predicting Retirement Savings Using Survey Measures of Exponential-Growth Bias and Present Bias. IZA DP No.11762.

(ニッセイ基礎研究所 岩ア 敬子)


筆者紹介

岩ア 敬子(いわさき けいこ)

株式会社ニッセイ基礎研究所、保険研究部 研究員
研究・専門分野:災害復興、金融・健康行動、メンタルヘルス、ソーシャル・キャピタル