
「DREAM HOOP PROJECT」を沖縄県豊見城市で開催!
支え合いの輪で
繋がった人たち
沖縄県豊見城市で「DREAM HOOP PROJECT」を開催しました!
今回のプロジェクトに参加した人たち
沖縄県豊見城市に住む、中学生の皆さん 137人
今回のプロジェクトを創った人たち

指導してくれたコーチ
間宮 佑圭 さん
栗原 三佳 さん
網本 麻里 選手
江口 侑里 選手共に創りあげたパートナー
豊見城市
この取り組みへの想い
バスケットボール選手が講師となり、これまでの経験を伝えることで、夢や希望を持つことの大切さや将来について考えるきっかけづくりを行っています。
今回は、沖縄県豊見城市立豊見城中学校の2年生を対象に開催しました。
元バスケットボール女子日本代表の間宮 佑圭さん・栗原 三佳さん、車いすバスケットボール女子日本代表の網本 麻里選手・江口 侑里選手に講師を務めてもらいました。
2年1組 網本 麻里さん
「練習は失敗していいという気持ちでとにかくやる」
車いすバスケットボールをはじめたきっかけは何ですか?
生まれつき右足の足首に障がいを持っており、2歳のころに手術を行ったことで歩けるようになり、それまでは立ってバスケットボールを行っていました。しかし、中学二年生の時にもう一度足の手術を行うことになり、その後は立ってバスケットボールをするのが難しくなったことがきっかけで車いすバスケットボールを始めました。
中学生の頃はどのような生徒でしたか?
元気に走り回るような生徒でした。
小・中学生の頃の夢は何でしたか?
小学校のころはたくさんあったのですが、中学生は特にプロを目指そうといったようなことはなくて、これといった夢もありませんでした。
2歳で足の手術をして歩けるようになってから、小学校3年生まで器械体操をしていたのですが、当時通っていた体操クラブに来ていた人が、オリンピックの出場経験があり、「オリンピックってどんなところだろう?行ってみたい!」と小学生のころは思っていました。
小学校のときに友達に誘われてミニバスを始めたのもあり、バスケットボールでオリンピックに行ってみたいと思うようになったんです。でも、中学での足の手術をきっかけに強制的にその夢をあきらめるしかなくなり、当時は本当につらかったです。
どのように乗り越えたのでしょうか?
周りの人たちの支えが大きいです。当時夢をあきらめるとなったとき、どうにかしてバスケットボールを続けられないか、と親が車いすバスケットボールを見つけてくれました。でも当初は全く乗り気じゃなくて、バスケットボールで代表になるなどは考えていませんでした。
夢をかなえるために頑張ったことは何ですか?
高校に入ってから今のクラブチーム『カクテル』に入りました。バスケットボールはやっていたのですが、車いすの操作は全くの初心者だったので、入ってからも思うように動けず、コーチに言われたことが全然できませんでした。
なので、とにかく練習を人一倍頑張りました。「代表になったらパラリンピックに出られるよ」と言われたことでさらに火が付き、チーム練習以外の時間も、自分に何が足りないのか考えながら自主練をしました。
練習において大切にしたことは何ですか?
練習は失敗していいという気持ちでとにかくやることです。自分がどれだけやってきたかを発揮できるのは試合しかないし、試合でやりたい事を試すのは練習しかないので、試合でできるようになるためには練習でできるようになる必要があります。
そのためには失敗を恐れないことです。試合で緊張するのは悪くないので、緊張する自分を受け入れて、緊張している中でも出し切れるように失敗を恐れずに何度も練習することが大切だと思います。
皆さんに一言お願いします。
夢や目標と言われて、なかなか思いつかなくても、身近にある好きなことや取り組んでいることを見つけて、突き進んでほしいです。
2年2組 間宮 佑圭さん
「夢や目標をあきらめて次の道を探すのも人生。立ち止まらずに次の道に進めば良い」
小・中学生の頃の夢は何でしたか?
実はこれといった夢はありませんでした。
バスケットボールを始めたのも、小学校のころから背が高くて、当時はみんなと違うのがコンプレックスだったのですが、そんな時に出会ったのがバスケットボールで、背が高いほうが有利な競技だから、もしかしたら自分に自信を持てるんじゃないか、と思って始めたのがきっかけです。
なので、夢を見つけたというより、どうにか自分を好きになれないかなと思って始めたのがきっかけでした。
いつ頃からプロになろうと思ったのですか?
小学校2年生からバスケットボールを始めて、中学からは強豪校に通ったのですが、そのときから周りの刺激もあり日本一になりたいという気持ちが芽生え始めたのが、上達したいと思ったきっかけです。しかし、強豪校でのバスケットボール生活は楽しいことだけではなく、つらいことも沢山あり、特にキャプテンになったときはそのプレッシャーで学校に行けなくなった時もありました。
そこからどう乗り越えましたか?
当時はとにかく「頑張らなきゃ」とばかり思っていたのですが、頑張りたくても体も心もついていかず、どうしたらいいんだろう?となって母に相談しました。
そうしたら、「辞めてもいいよ」と母は言ってくれて、当時は「やめるという選択肢があるんだ」と驚くとともに、その時に心がとても軽くなりました。
「夢や目標をあきらめて次の道を探すのも人生。立ち止まらずに次の道に進めば良い」という母の言葉は、“心のお守り“になりました。
母の言葉を聞いたら、「ここまで頑張ったのに今やめるのはもったいない」という気持ちになって、支えてくれた仲間のために、もう一度踏ん張ろうと決心がつきました。
そして、また挫けないように「日本一」といった大きな目標ではなく、「今日の目標」を決めることにして、制服を着る、学校に行く、部活に行く、といった一日一日の小さな目標の積み重ねで乗り越えることができました。
国体での日本一を達成した後、どのように次の目標を見つけましたか?
国体で優勝をしても、次の大会での優勝や社会人チームでの勝利など様々な目標がありましたが、大きなきっかけは2012年のロンドンオリンピックの予選で世界最終予選に負けた時に自分でも驚くほど落ち込んで、「自分ってこんなにオリンピックに出たいんだ」と気づいてから、オリンピックを目指すという夢ができました。挫折とともに夢ができた感じです。
本日お子さんと一緒に来られておりますが、お子さんとも夢の話をしますか?
まだ年齢も小さいので夢の話はなかなか出ませんが、選択肢はたくさん持ってほしいなと思います。
バスケットボールのプレーも人生も、苦しい時や壁にぶつかったときに選択肢があると解決方法や逃げ道ができるので、選択肢を広く持つのは大切だなと思います。その選択肢が、きっと夢を見つけやすくしてくれると思います。
皆さんに一言お願いします。
選択肢を持つこと、そして、その選択に正解も不正解もないことを覚えてほしいです。
どの道を選んでも後悔は必ずありますが、それは自分の力で正解に変えていってほしいです。
2年3組 江口 侑里さん
「今目の前にある一つ一つを楽しみながら夢を見つけて・目指して」
車いすバスケットボールを始めたきっかけは何ですか?
病気の影響で、小さいころから左半身にまひがありました。私生活はみんなと同じように生活できるのですが、リハビリとして通っていた福祉センターでたまたま車いすバスケットボールの練習をしていて、やってみないかと誘われたことがきっかけでした。本格的に代表を目指して頑張ろうと思ったのは高校を卒業してからです。
中学時代はどのような生徒でしたか?
とても人見知りで、初めての人とはなかなか話せないような内気なタイプでした。
休み時間は図書館に行って本を読んでいました。
小・中学生の頃の夢は何でしたか?
親が看護師だったので、看護師になりたいと思っていました。
体調を崩したときなどに看病をする母の姿が格好良く見えて、姉もいるのですが、姉妹そろって親と同じ看護師になりたいと思っていました。
プロを目指したのはいつですか?
19歳の時に、25歳以下の世界選手権に代表選手として選ばれたことをきっかけに、本格的にプロの車いすバスケットボール選手を目指したいなと思いました。
プロを目指すにあたり頑張ったことは何ですか?
普段車いすに乗っていないので、車いすの操作が周りよりとても下手だったし、スピードも遅かったので、少しでも追いつこうと、周りの操作を見ながらひたすら真似て練習していました。
私は左右で力の差もあるので、とにかく乗って感覚を掴みました。
夢に向かう中で壁にぶつかった時期はありましたか?
車いす操作がうまくいかないとプレーに明らかに差が出てしまいます。試合でも、一人だけ追いつかれてしまったり、追いつけなかったりしたときは本当に悔しかったです。
そこからどのように乗り越えたのですか?
今自分ができること、できないことを書き出して練習メニューを組んでひたすら練習しました。
自分の苦手だけではなく、得意も伸ばさないと代表としては活躍できないので、どちらにも向き合って自分を受け入れることで成長していきました。
皆さんに一言お願いします。
今夢を持っている人も、まだ何をやろうか悩んでいる人もいると思いますが、夢を持つことに年齢は関係ないので、今目の前にある一つ一つを楽しみながら夢を見つけて・目指していってほしいです。
今の目標はなんですか?
3年後のパラリンピックに出れるよう、まずは世界選手権の上位目指して頑張りたいです。
2年4組 栗原 三佳さん
「夢に向かう途中でつまらないと思うことはあるかもしれないけれど、それをいかにあきらめずに頑張り続けることができるか」
バスケットボールを始めたきっかけは何ですか?
姉がバスケットボールをしていて、とても楽しそうだったので「自分もやってみたい」と思い、小学校3年生の時に始めました。
小中学生の頃の夢は何でしたか?
英語関係の仕事に憧れていました。小学校の時の担任の先生が、毎週色々な国の挨拶を紹介してくれて、「外国語って面白い」と興味を持ったのがきっかけです。
バスケットボールに本格的に打ち込んだきっかけは何ですか?
高校生の時に、ご縁があって強豪校に入ることができました。
私がそれまで通っていたチームは地方大会にも出たことがなかったのですが、周りはミニバスや部活でいい成績を残してきたような子たちばかりで、入った時点で周りとのレベルの差に悔しい思いをしました。それでも負けず嫌いな性格だったので、うまくなるために強豪校に入ったのだから追いつかなきゃと必死に練習をしました。
プロのバスケットボールットボール選手を目指したきっかけは何でしたか?
高校で強豪校に入って、周りに追いつこうと、一つ一つ自分で目標を立てながら練習した結果、できることが少しずつ増えてきたんです。頑張るための目標を立てるときは、必ず「なりたい自分の姿」を持つようにしているのですが、できることが増えるごとに、いつしか目標とする「なりたい自分の姿」として日本代表選手を思い描くようになりました。
夢を目指す中で頑張ったことはありますか?
勉強とバスケットボールの両立です。強豪校に入ってバスケットボールを頑張りたくても、勉強が疎かになったら部活に行かせてもらえないですし、大学の進学もしたかったので勉強は頑張りました。
大人になってから思うのは、勉強で大事なのは、良い点数を取ることではなく、勉強を通じて理解力を深めたり知識が増えて自分の視野が広がることだなと思います。
大学生のころに前十字靭帯のけがをして、半年間バスケットボールの練習ができなくなったときはとても落ち込みました。リハビリの時間は、ずっと同じことの繰り返しでやりたいこともできずにもどかしかったのですが、その繰り返しの練習をしないとその先がつながらないのでひたすらリハビリに打ち込みました。
皆さんも、夢に向かう途中でつまらないと思うことはあるかもしれないけれど、それをいかにあきらめずに頑張り続けることができるか、というのが本当に重要だと思います。
皆さんに一言お願いします。
中学生はあっという間なので、一日一日やることに意味を持って行動すれば、将来なにかに実を結ぶきっかけになると思います。
なんとなくやっていることでも、アンテナを広げて、自分の興味あることや発見の幅を広げていってほしいです。
「DREAM HOOP PROJECT」って?
「夢」は「輪」のように終わりがなく無限だということを伝えていきたいという想いを込めたプロジェクトです。バスケットボール選手による授業であることから、バスケットボールのリング「HOOP」とかけて、このプロジェクト名としました。
バスケットボール選手にこれまでの人生の選択やその選択に至った想いを話してもらうことで、夢や目標を持つきっかけとなってほしいと考えています。
当社は、これからもバスケットボールットボール界と共に、このプロジェクトを全国各地で開催していきます。





