早田 ひな 選手と
創る支え合いの輪
Hina Hayata
写真:松尾/アフロスポーツ
“頑張りすぎないことを
頑張る”を目標に
一歩一歩前進していきたい
日本生命女子卓球部所属の早田ひなです。私の卓球人生があるのは、いつも応援してくださる皆様のおかげです。怪我もあり不安な中でも皆さんの応援が支えとなり、今日まで頑張ることができています。結果でみなさんに恩返しができるように日々成長していきたいと思います。そして、卓球を通じて私が地域社会や明るい未来に繋げていけることも探していきたいです。
私が、日本生命と一緒に
活動をする理由
18歳から日本生命に入社して8年。とても長く一緒に過ごしてきたなかで、日本生命はスポーツ教室を通じた地域社会貢献、そしてそれが全国規模で毎年行っていて、スポーツを通じた地域貢献を長く継続していくその想いに私も一緒に寄り添いたいと思っています。
私のプロフィール早田 ひなHina Hayata
- 生年月日
- 2000年7月7日生まれ
主な戦績
- 2021年
- アジア選手権3冠(団体、シングルス、
ミックスダブルス)
- 2022年
- Tリーグ個人戦 シングルス 優勝
世界卓球選手権成都大会 女子団体
準優勝
- 2023年
- 全日本卓球選手権3冠(シングルス、
女子ダブルス、ミックスダブルス)
シンガポールスマッシュ 混合ダブルス 準優勝
世界卓球選手権ダーバン大会 シングルス 銅メダル、混合ダブルス 銀メダル
第19回アジア競技大会 シングルス
準優勝、団体準 優勝
- 2024年
- 全日本卓球選手権 シングルス 優勝
世界卓球選手権釜山大会 女子団体
準優勝
パリ2024オリンピック シングルス
銅メダル、女子団体 銀メダル
- 2025年
- 全日本卓球選手権 シングルス 優勝
私を創ってきた出来事
ただ卓球をやりたかった。
小学生の頃は全国大会で優勝したことはなく、初めて出場した全国大会では予選リーグ敗退に終わり、とても悔しい思いをしました。通っていた卓球クラブには実力のある選手が多く、毎日が勝負の連続でした。そんな環境の中で、日々の練習に根気強く付き合い、基礎を徹底的に叩き込んでくださった先生方には今でも大変感謝しています。当時はただ卓球をしたいという一心で毎日ひたすら練習に打ち込んでいました。
勉強には答えがあるが
卓球には答えがない。
中学1年生の時に初めて、全国大会で優勝しました。ただ、その時点で卓球に人生をかけようと決めたわけではありませんでした。むしろ、当時は勉強が好きで、努力すれば必ず結果が出て、明確な答えがある一方で、卓球は答えがないなと感じていました。でも、複雑で多様なスポーツだからこそ、どの選択も一概に正しいとも間違っているとも言い切れない。そんな難しさを感じていました。それでも、その頃から周囲の期待を強く感じるようになり、「自分には卓球しかないのかもしれない」と思うようになりました。そして、覚悟を持って卓球に向き合い、しっかり頑張っていこうと決意しました。
初めて世界卓球の代表に
選ばれました。
高校2年生の時に初めて世界卓球の代表に選んでいただきました。私はダブルスのみでの代表でしたが、同学年の2人はシングルスとダブルスの両方に出場していました。本音を言えば、自分の実力でシングルスにも出場したいという気持ちはありました。ただ、その2人には追いついていない部分がたくさんあるなと感じていました。だからこそ、その課題を一つずつ克服し、超えていきたいなと思っていました。大会では銅メダルを獲得することができ、自信につながったと同時に世界のトップとの差も強く感じました。「まだまだ頑張らなければいけない」と、改めて心に刻んだ大会だったことを覚えています。
憧れのパリオリンピック
出場。
東京五輪は補欠という立場で多くのことを学びました。2024年のパリオリンピック出場が決まった時は本当にほっとして「やっとスタートラインに立てた」という気持ちでした。大会ではシングルスの準々決勝の後に左手を痛めてしまい、できることが限られる中での戦いとなりました。それでも本当にたくさんの方々に支えていただき、銅メダルを獲得することができました。本当にありがとうございました。怪我からの復帰後も苦しい時期は続きましたが、その経験があったからこそ、自分自身との向き合い方も少しずつ変わってきたように感じています。今は怪我の意識にとらわれず試合に集中ができています。2028年のロサンゼルスオリンピック出場を目指し、これからも努力を重ねていきます。引き続き応援のほどよろしくお願いします!