2024年8月20日(火)パリ2024オリンピック チーム日本生命報告会を開催!
この夏のパリ2024オリンピックで大健闘した当社所属の4名の選手が日本生命丸の内ビルに来社し、約400名の役員・職員で出迎え、チーム日本生命報告会を開催しました。
登場シーンではあふれる拍手が選手たちをつつみました。日本生命所属の4名の選手がそろうのは今回が初めてです。
清水社長からの祝辞のあとは、職員から選手1人ひとりに花束を贈呈しました。
オリンピックを終え、各選手から感想や今後の目標を語っていただきました。
早田ひな選手
腕の痛みに耐え、仲間とともに獲得した銀・銅メダル
「卓球を4歳から続けて20年目にパリオリンピックに出場できました。左手を痛めてしまってできることが限られたけど、それでもコートに立つことに意味があるのかなと思った。おかげで準決勝を最後までプレーでき、3位決定戦はみなさんのおかげでメダルを獲ることができました。団体戦もチームメイトに助けてもらった銀メダルでした。」
桐生祥秀選手
3大会連続出場の“3走の桐生”は区間2位の快走
「みなさんはいつも横断幕を作ってくれるのでそれを見て、応援の気持ちを胸に挑みました。メダルを持ち帰ることができなかったので、次も挑戦したいし、みなさんに喜んでもらえるような走りをしたい。リレーは『桐生祥秀が3走を走ってメダルを獲る』と覚えてもらいたいし、100mで勝負して、『日本の桐生は100mも早いぞ』というのをみなさんに見てもらえるように頑張りたい。」
出口クリスタ選手
当社所属選手初のオリンピック金メダリスト
「2018年に入社して以来、オリンピックで金メダルを獲ることを目指してきました。東京オリンピックでは世界ランキング1位でありながらも、選考会で敗れて出場できず、もう一度頑張りたいと思ってパリオリンピックまで頑張ってきました。試合自体はあまり納得いく内容ではなかったですが、延長戦の苦しい時にみなさんの応援が聞こえた気がしています。」
出口ケリー選手
階級を変更し、努力で勝ち取った夢の舞台
「大舞台で戦えたことを嬉しく思っています。階級を変更してパリオリンピックを目指した3年間、大変なことのほうが多かったように思います。ただ、応援やサポートのおかげで最後まで頑張りきることができました。今後も全力で一生懸命、また楽しむ気持ちを忘れずに頑張ります。」
選手への質問コーナーでは、参加していた職員からの質問に答えていただきました。冗談も交えつつ、選手のあたたかい人柄に触れる貴重な交流の場となりました。
――オリンピック後、どのように過ごしていましたか?
早田選手:まだ実家には帰れてなくて、記者会見や手の病院に通っています。 練習ができないとうずうずするのでトレーナーにトレーニングしたいとお願いして、厳しいトレーニングのおかげで全身筋肉痛です。笑
桐生選手:僕はメダルを獲ってないのであまり忙しくなかったんですけど。笑 家に帰って、子どもと遊ぶ時間があって良かったですが、長く離れていたので久しぶりに会う自分に緊張していました。
クリスタ選手:メダルを持って帰ることができたので、たくさんのお仕事をいただき忙しくしていました。お墓参りで祖父に金メダルの報告ができました。
ケリー選手:ありがたいことに、忙しくさせてもらいながら、同じく祖父のお墓参りができたのがよかったです。
――数ある競技の中から、卓球・陸上・柔道を選んだのはなぜですか?
早田選手:姉が卓球を始めた時についていったのが4歳の時で、気づいたら始めてました。最初はセンスがなかったのですが、卓球が好きだったのと、姉に勝ちたい気持ちが、ここまでもっていってくれたのかなと思います。
桐生選手:単純に足が速かったというのと、小学校はサッカー(ゴールキーパー)をやっていたのですが、兄が陸上を始めた影響で自分も始めました。陸上はお金もかからないし靴さえあればできるので、お子さまがいる方はぜひ!お勧めです。笑
クリスタ選手:父が護身術を習わせたいと思っていたところに、柔道の師範に声をかけられ3歳から始めました。そこからは先生が怖くて辞める機会を失ってしまい…笑。そうして続けていたら金メダルが獲れました。
ケリー選手:姉のお迎えで道場に行ったときに、なぜか楽しそうだなと思ってしまって…。母や祖母には止められたのにやりたいと言ってしまいました。笑 もっと強くなりたいという気持ちでここまでやってこれました。
引き続き、当社所属の4選手をはじめ、当社サポート選手・競技、そしてコーポレートスポーツ(野球部・女子卓球部)の応援をよろしくお願いします!!
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