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今日までのあゆみ

  • 創業−相互扶助の精神−

  • 堅実経営と発展

  • 戦後の再建と躍進

  • 新たな時代と進化

創業〜相互扶助の精神〜(1889年)明治22年

1889(明治22)年 有限責任日本生命保険会社設立

創業者 弘世助三郎

日本生命創業のアイディアは滋賀県彦根市で生まれました。

彦根の銀行家、弘世助三郎は、地元の相互扶助の組織に古くから関係していました。
これは皆で出し合い積み立てたお金を、万一の震災や貧困、病気などのときにあて、お互いが助け合うというもので、彼はこの相互扶助の事業に深い関心を抱いていました。

そしてこの相互扶助の仕組をいっそう整備して、社会に広く実施したいという思いの中、彼の呼びかけで関西財界が結集。1889(明治22)年7月4日、大阪府知事に「有限責任日本生命保険会社」の創立願が受理され、ここに日本生命の歴史は始まりました。

第一号契約

「九月二十日 金曜、本日開業ス 保険申込人拾名アリ」

創業当時の日誌にこう記されているように、開業初日の保険申込人は十人を数えました。その中のひとりで、契約者第一号となった近沢栄太郎は、兵庫県で木綿商などを手広く営む素封家でした。

近沢は商品の仕入れの関係で大阪には頻繁に訪れており、そこで、今橋二丁目の当社新社屋にちょうど掲げつつあった「有限責任日本生命保険会社」の看板を目にしたのです。
元来、好奇心の強かった近沢は、看板の中の見慣れない「保険」の二文字に興味を持ち、職員に詳しい説明を求めました。そして、その合理的な仕組に大変感心して、その場で「尋常終身保険」の契約を申し出たのです。

契約は、保険金額が百円、年払保険料は三円三銭。当時、天丼一杯が三銭の時代でした。

第1号保険証券

第一号契約者・近沢栄太郎