本コラムでは、第1回「人生100年時代の意味」を考えることからスタートして、第4回以降は、人生100年時代を「安心して自分らしく」より豊かに生きていくために必要な「①備える」「②健康」、家族や社会との「③つながり」、「④生きがい」に関する話をお届けしてきました。今回は、これまでの話を踏まえ、高齢期全体を俯瞰的に捉えるなかで、"どのような生き方・老い方が理想なのか"考えてみたいと思います。
2017年12月4日
長寿時代に相応しいサクセスフル・エイジングとは
「理想の生き方・老い方は?」と聞かれて、あなたはどのように答えるでしょうか。「よくわからない」「考えたことがない」「自然体でよいのではないか」など、答えは人それぞれだろうと思います。決して何か一つの正解があるわけでもありません。
ただ、この問いに対してジェロントロジー(高齢社会総合研究)は、「サクセスフル・エイジング(Successful Aging;幸福な老い)」の研究分野において、理想のあり方を追究してきました。
いくつか代表的な理論をご紹介すると、1960年代当初、初めて提唱された理論は『離脱理論(Disengagement theory; Cumming and Henry,1961等)』です。これは「高齢期になったら田舎で静かに暮らすことが理想の老い方」と考えるものでした。次に提唱されたのが、『活動理論(Activity theory; Havighurst et al,1968等 )』です。これは離脱理論を否定する形で、「年齢に関わらず活躍し続けることが理想の老い方」と考えるものでした。そして、最後に登場したのが『継続理論(Continuity theory;Atchley,1987等)』です。これは「中年期までに築いてきたライフスタイルなどをいつまでも継続できることが理想の老い方」と考えるものでした。このようにサクセスフル・エイジングのあり方も時代とともに変化してきた経緯があるのです。
それでは、人生100年時代を迎えた現在の日本にとって、理想のサクセスフル・エイジングとはどのようなものでしょうか。前述の理論は、いずれも20世紀後半に欧米の研究者が築いたもので、30年以上の月日が流れています。人生100年時代を迎えた今、この人生の長さにあった新たな生き方・老い方の理想を考えていくことが必要と思われます。
高齢期に訪れる3つのステージを"より良く"生きること
そこであくまで筆者の私見になりますが、一つの考え方を述べたいと思います。それは、「高齢期に訪れる3つのステージをそれぞれ"より良く"生きていけることが理想の生き方・老い方ではないか」というものです。
人生100年時代の高齢期は、実に30年超に及ぶ長い期間となります。その間、健康状態や社会との関係なども、年齢とともに変化していきます。同時に、生活課題やニーズも変わっていきます。次のグラフは、第6回コラム「年を重ねると健康状態はどのように変化するのか(2017年3月6日)」の中で紹介した「加齢に伴う生活の自立度の変化」を明らかにしたグラフを加工したものです。
男性の7割、女性の9割の方は、70代半ばまでは中年期と変わらず高い自立度を保ち(⇒ステージT)、70代半ばから加齢とともに緩やかに自立度を下げていき(⇒ステージU)、そして最終的に本格的な医療やケアを受けながら暮らしていきます(⇒ステージV)。多くの人がこのように3つのステージを移行しながら、長い高齢期を過ごしていくのが実態です。なお、グラフに記載のパーセンテージの数字は、当該グラフに該当する人数割合を示したもので、ステージⅠ・Ⅱ・Ⅲの割合ではありませんのでご注意ください。(データの見方は、第6回コラムをご参照いただければと思います。)
資料:東京大学高齢社会総合研究機構編「東大がつくった高齢社会の教科書」
(㈱ベネッセコーポレーション、2013年3月)、P.34より引用し作成
- ※1:基本的日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)
日常生活を送るうえで、必要な最も基本的な生活機能。具体的には、食事や排泄、着脱衣、移動、入浴など
- ※2:手段的日常生活動作(IADL:Instrumental Activities of Daily Living)
日常生活を送るうえで、必要な生活機能でADLよりも複雑なものを指す。具体的には、買い物、洗濯、掃除など家事全般、金銭管理や服薬管理、外出して乗り物に乗ることなど
ステージⅠ・Ⅱ・Ⅲには、それぞれ特有のニーズがあります。まだまだ元気に活動できるステージTでは「社会の中での活躍の継続」を望む声(ニーズ)が少なくありません。第11回コラム「地域が創る新たな高齢者のつながり(2017年8月7日)」でご紹介したように、地域の状況をみると、現役生活をリタイアした後、新たな活躍場所を求めるものの、「やることがない」「行くところがない」「会いたい人がいない」と"ない・ない"づくしのために、自宅に閉じこもりがちな生活を送ってしまう人が少なくない現状が確認されます。緩やかに自立度を下げていくステージⅡでは、移動や買い物をするのも大変になる等、暮らしの中でちょっとした不便や困りごとが増えていきます。筆者がステージⅡの高齢者の方にヒアリングを重ねてみると、「家族や他人に面倒を見てもらうのは気が引ける。できる限りいつまでも"自立した"生活を続けたい」ということを話される方が大半です。まさにこれが、ステージⅡのニーズと言えるでしょう。そして、本格的な医療やケアを必要とするステージⅢでは、「最期まで住み慣れた地域及び自宅で暮らし続けたい」というニーズが確認されるようになります。
各ステージにおけるニーズは上記だけではないものの、「人生の後半の3つのステージを認識し、それぞれのステージにおいて自分が求めるニーズを満たしながら生きていくこと」が、長寿時代におけるサクセスフル・エイジングではないかと考えます。
以上、抽象的な表現に止まりますが、今後私たちにとって必要なのは、「こうした長寿時代に相応しい生き方・老い方のモデルを明確にし、社会に周知していくこと」だと思います。また、具体的なモデルを確立するなかで、「各ステージにおけるニーズを明確にしつつ、社会において何が欠けているかを同時に明らかにし、その改善策を講じるべく、社会が一体となって取組むこと」が重要であり、必要です。こうしたモデルづくりの先に、人生100年時代における安心で豊かな未来が拓けていくと考えます。
(ニッセイ基礎研究所 前田 展弘)
筆者紹介前田 展弘(まえだ のぶひろ)
株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員
研究・専門分野:ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
- ▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(前田主任研究員)
http://www.nli-research.co.jp/topics_detail2/id=41?site=nli