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3分でわかる 新社会人のための経済学コラム

第80回 年間38万戸!貸家着工が伸びている理由とは?

2016年10月1日

貸家着工の増加

 ここ数年「貸家」の着工戸数が増加しています。つまり賃貸住宅の供給が増えているのです。図表1は、年間の新設住宅着工戸数の推移を示しています。持家と分譲住宅が2013年以降減少から横ばい傾向にあるのに対し、貸家だけが増加傾向にあり、直近の2015年は37万8,718戸となっています。これはリーマンショックの影響で景気が低迷し、住宅着工も急激に落ち込んだ2009年以降では、最も高い水準です。

図表1 利用関係別新設住宅着工戸数年次推移

(資料)「住宅着工統計」国土交通省

 図表2で2016年の状況も月別に見てみましょう。やはり貸家は増加傾向にあり、直近の6、7月は2015年の水準を上回っています。ちなみに「持家」は注文住宅を、「分譲住宅」は建売住宅や分譲マンションを指すと考えてください。

図表2 利用関係別新設住宅着工戸数月次推移

(資料)「住宅着工統計」国土交通省

貸家着工増加の背景

 このように賃貸住宅の供給が増えている要因として、一つには相続税の影響が考えられます。賃貸住宅の主な供給主体の一つは地主です。つまり土地を持っている人が、自分の土地に賃貸住宅を建築して経営するのです。所有する土地は相続税の対象になる財産です。相続税の評価は、土地を更地で持っている場合より、賃貸住宅を建てている場合の方が低くなります。その分相続税を支払う額が少なくて済むのです。この理由から、相続税対策として賃貸住宅を建築するケースが従来から多くありました。

 相続税は遺産総額が基礎控除額と呼ばれる一定額を超えた場合に課せられます。基礎控除額を超えなければ課税の対象にならないのですが、2013年度の税制改正で基礎控除額が引下げられたことから、課税対象になる人が確実に増加します。税率も引上げられ、同じ遺産総額でも、これまでより納税額が増えることになります(2015年1月1日施行)。

 このような相続税の改正によって、相続税対策として賃貸住宅を建築する土地所有者が増えたものと考えられます。

 もう一つの要因に金利の低さがあります。賃貸住宅の建築には資金が必要で、中には自己資金のみで建築する人もいますが、多くの場合金融機関の融資を活用すると思います。一般にアパートローンと呼ばれる賃貸住宅の建築や購入のための融資商品は、持家を取得する場合の住宅ローン同様、金利の低下傾向が続いています。(図表3)これが、賃貸住宅の建築を後押ししていると考えられます。

 以上のように、税制改正によって相続税対策として賃貸住宅を建築する土地所有者が増え、アパートローン金利の低さがそれを後押しすることで、貸家着工が増加していると読取れます。

図表3 賃貸住宅融資適用金利の推移

(注)繰上返済制限無し35年固定商品 (資料)住宅金融支援機構

郊外で供給が活発化

 要因がわかったところで、賃貸住宅がどこに建築されているかを見てみましょう。図表4は、全国の市部と郡(町村)部における貸家住宅着工の推移を示したものです。着工戸数は明らかに市部の方が多くなっています。しかし、対前年増加率は2013年以降、郡部の方が高くなっています。

 図表5で、都道府県別に貸家住宅着工の2013〜2015年の平均増加率をみると、プラス方向の増加率は、郡部の方で高い都道府県が多くなっています。つまり、ここ数年は特に、中心部から離れた郊外で活発に賃貸住宅が供給されてきたことが推測されます。

図表4 市部・郡部別、貸家着工戸数、対前年増加率の推移

(資料)「住宅着工統計」国土交通省

図表5 都道府県別市部・郡部別、貸家着工戸数の3ヵ年平均増加率

(資料)「住宅着工統計」国土交通省

供給過剰の懸念

 現在、住宅総数は世帯数より多く、賃貸住宅も同様です。貸家ストックに占める空き家率は全国で18.8%。都道府県別にみると30%近くのところもあります。(図表6)

 こうしたなかで、今後も貸家着工の増加が続けば、供給過剰となって空室が増えるリスクが高まるでしょう。特に立地に左右されやすい賃貸住宅市場では、郊外ほど不良ストック化する懸念があります。単に相続税対策としてだけでなく、長期に経営が成立つ賃貸住宅への投資を考慮することが望まれます。

図表6 都道府県別貸家空き家率

(注)貸家空き家率は、居住世帯あり貸家と空き家(賃貸用)の合計に占める、空き家(賃貸用)の割合 (資料)平成25年住宅・土地統計調査を基に筆者作成

(ニッセイ基礎研究所 塩澤 誠一郎)

筆者紹介

塩澤 誠一郎(しおざわ せいいちろう )

株式会社ニッセイ基礎研究所、社会研究部、准主任研究員
研究・専門分野:都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発