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3分でわかる 新社会人のための経済学コラム

第92回 どうなる生産緑地の2022年問題。東京ドーム約2,800コ分の農地が消滅する?

2017年10月2日

生産緑地とは

1|都市になくてはならない農地
都市部に暮らしている方も、住まいの近くに農地を見かけることはないでしょうか?そこに小さな標識があり、「生産緑地」と書いてあれば、それが生産緑地です。
普段それほど気に留めることはないかもしれませんが、生産緑地も含めて農地は、都市に必要とされる様々な機能を持つ空間として、現在まちづくりの面で非常に重視されています。

農のある風景が人々に癒しを与えたり、作物だけでなく生きものに触れる場になったり、夏の暑さを少し和らげたりといった機能を有しています。また、災害時の避難場所、学校教育や生涯学習の中で農作業体験や食育を行う場、収穫体験などレクレーションの場として、生活に身近なところで活用できるのも都市農地の特徴です。そして何より、採れたての作物はおいしい。それを身近に得られることができるのは都市の中に農地があってこそのことです。
このように、農地は都市になくてはならないものとして考えられるようになり、2015年には都市農業の計画的な振興を謳った「都市農業振興基本法」が施行されました。ところが、実は5年後にいっせいに失われるかもしれないと危惧されています。

2|生産緑地制度とは
市街化区域は、市街化を図るべき区域として都市計画法に基づいて定めたものです。市街化区域を定めた時点で、区域内にある農地は本来宅地化すべき土地でした。そのため固定資産税も宅地並みに課せられます。しかし、「生産緑地」に指定すると、営農に関する以外の建築行為が制限される代わりに、農地課税が適用され、税金は宅地に比べずいぶん低くなります(※1)。このように、生産緑地は、農地を環境面から評価し一定の条件のもと保全しようとする制度です。1991年の生産緑地法の改正で、三大都市圏の特定市(※2)に対し設けられました。
また、生産緑地に指定すると、一定の要件のもと、相続税の納税が猶予されます。これにより相続税の支払目的で農地を売却することなく、農業を継続することができます。

3|30年買取り申出によって懸念される2022年問題
生産緑地に指定されると、営農することが前提ですが、主たる農業従事者が死亡した場合、故障で農業継続できない場合は、市町村に買取りを申出ることができます。申出があると市町村は特別な事情がない限り買取らなければいけないのですが(※3)、多くの場合財政的な事情で買取られずに、宅地として売却されてきました。
死亡や故障以外に、生産緑地を指定してから30年経過したときに買取り申出することができます。生産緑地が最初に指定されたのは1992年で、多くの生産緑地が2022年に30年を迎えます。この時、いっせいに買取り申出されると、多くが宅地になる可能性があります。
すべての生産緑地の面積を合計すると、1万3,114ha(※4)で、これは東京ドーム2,805コ分にあたります。(図表1)
これほどの農地が失われ宅地になってしまうと、冒頭に触れたような、農が身近にある暮らしが遠のいてしまうことを意味します。一方、既に空き家、空き地が社会問題化している中で、大量の宅地がいっせいに供給される状況は、問題を悪化させるばかりであることが容易に想像できます。こうした懸念が「2022年問題」と言われるものです。

図表1 生産緑地面積の推移

(資料) 国土交通省資料
  • ※1「平成28年度 固定資産の価格等の概要調書」(総務省)によると、宅地並み課税の市街化区域畑の固定資産税決定価額は全国平均で2万2,639円/㎡、これに対し農地課税の一般畑は31円/㎡です。
  • ※2三大都市圏特定市:東京都特別区、三大都市圏(首都圏、近畿圏、中部圏)にある政令指定都市および市域の全部または一部が首都圏整備法の既成市街地・近郊整備地帯を含む市、近畿圏整備法の既成都市区域・近郊整備区域を含む市、中部圏開発整備法の都市整備区域を含む市が該当。
  • ※3都市計画道路の整備用地を取得するといった、公共施設を整備することを狙いとしたしくみ。
  • ※42015年時点。国土交通省公表資料より

生産緑地法の改正

1|特定生産緑地指定制度の創設により、農業継続を選択する農家が増えることに期待
2022年問題への懸念が高まる中、本年5月に生産緑地法が改正されました。主な改正点の中で最も注目されるのが、「特定生産緑地指定制度」の創設です。(図表2)
これは、指定から30年を経過する生産緑地について、新たに特定生産緑地を指定すれば、買取り申出が可能となる時期を10年先送りできる制度です。10年経過後に再度指定すれば、さらに10年先に延ばせます。
30年経過し、買取り申出せずに生産緑地を継続した場合、その後はいつでも買取り申出可能となることから、本制度を活用することで確実に農地を保全しようとするものです。これによって、後継者がいる農家の多くが特定生産緑地を指定するでしょう。
後継者がはっきりしていない農家も、現状で農家を続ける意思があればこれを選択すると思われます。指定後の10年間で後継者をどうするのか考慮することができるからです。
このように、今回の法改正によって、2022年問題に対する懸念は少し和らぎ、農地を残すことに期待が持てるようになってきました。

図表2 生産緑地法の主な改正点

(資料) 法文、国土交通省資料を基に作成

2|生産緑地の貸借を認めることで担い手の増加に期待
しかしながら、できることなら農業を続けたい、農地を手放したくないと思っていても、後継者の見込みが立たず、向こう10年農業を継続できるかどうか不安に思う農家もあるはずです。
そこで期待されているのが、生産緑地を農家以外の担い手に貸すことで、農業を継続していくようにすることです。これまで生産緑地の貸借は制度上困難でしたが、貸借しやすくする法案が今年度中に国会に提出される予定です。
生産緑地の貸借が認められるようになれば、生産緑地を借りて農業を始めようという意欲あるNPOや企業を受入れることができます。農家だけでなく新たな担い手と一緒に都市農業を支え、都市農地を保全していくことができるようになり、2022年問題の懸念もさらに薄まるでしょう。

適切な誘導

以上のように、生産緑地の保全に向けた制度改正によって、当初懸念されていたような、ほとんどの生産緑地がいっせいに宅地になってしまうことにはならないと思います。しかしながら、それでも様々な事情で、買取り申出を選択し、売却したり、賃貸住宅経営したりする農家もゼロではないと思われます。
そこで重要になってくるのは、どこの生産緑地が保全され、宅地化するのかです。既に世帯数より、住宅戸数が上回っている状況で、エリアによっては空き家の割合が非常に高くなっているところもあります。そうした住宅需要の低いところで新規に宅地供給することは、空き家、空き地を増加させることになり、住宅地としての価値も、農地としての価値も低下してしまうでしょう。 反対に、もともと農地が少ない地域では、宅地需要も高いかもしれませんが、農に対する需要も高いことが想定でき、積極的に保全すべきです。(図表3,4参照)
2022年に向けて市町村は、特性生産緑地に指定するのか、買取り申出するつもりなのか、農家個々の意向を把握することに取組むことでしょう。それは市街化区域の農地がどのように動くのか、その全体像を把握する非常にまれな機会になります。市町村には、全体像を把握したうえで、生産緑地の保全と宅地化を適切に誘導することを期待します。

図表3 近畿4都府県特定市における都府県別賃貸用の空き家戸数、賃貸用空き家率

(資料) 「平成25年住宅・土地統計調査」総務省

図表4 近畿4都府県特定市における市街化区域内農地面積、人口一人当たり農地面積

(資料) 「都市計画現況調査」国土交通省、「固定資産税の価格等の概要調書」総務省を基に筆者作成

都市農業を地域で支える

以上、2022年問題に対する制度改正とそれを受けた市町村に期待する取組みを述べてきましたが、それ以前に重要なことは、都市住民の理解だと思います。
私たちが、農地は都市になくてはならないものと実感するのは、冒頭に触れたように、採れたての作物を食べておいしいと思った瞬間ではないかと思います。その経験が広がっていくことで、農業に関心を持つ都市住民が増えていき、そうした反応を感じて、生産者も農業を続けることに意欲を高める。そのような関係を築いていくことが何より重要になります。

(ニッセイ基礎研究所 塩澤 誠一郎)

筆者紹介

塩澤 誠一郎(しおざわ せいいちろう)

株式会社ニッセイ基礎研究所、社会研究部 准主任研究員
研究・専門分野:都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発