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3分でわかる 新社会人のための経済学コラム

第73回 100万戸が遠のく!? 住宅着工戸数が減少する背景とは?

2016年3月1日

住宅着工戸数とは?

 住宅の建設開始を住宅着工といいますが、100万戸の住宅着工戸数といっても馴染みのない方が多いのではないでしょうか。日本の総人口はというと、ご存知のとおり1億2千万人強(※1)ですが、全国の世帯数は、半分弱の約5,200万世帯(※2)となっています。そのため、年間約100万戸の住宅着工戸数というと、全国の世帯の約2%が毎年新しい住宅に入居することを表しています。

 過去を振り返ると、1980、90年代には、全国の住宅着工戸数は年間120〜170万戸で推移していました(図表1)。その後、2000年代に入ると、徐々に着工戸数の水準は下がり、景気が急激に悪化したリーマンショック後の2009年には、年間80万戸にまで縮小しました。アベノミクスの開始以降、景気はかなり回復したはずですが、住宅着工戸数は以前からほど遠い低水準に止まっており、年間100万戸の大台回復が難しくなっています。

図表1 新設住宅着工戸数の推移

(資料) 国土交通省「建築着工統計調査報告書」

住宅着工戸数が伸びない理由

 住宅着工戸数が低水準に止まっている理由を挙げてみますと、まず、リーマンショック後に落ち込んだ景気が、その後も力強い回復に至っていない点が大きいとみられます。日々のニュースで聞かれるように、株価は上昇したものの、日常生活で景気回復を実感できない、あるいは、会社員の給料がなかなか上昇しないという状況が続いています。

 また、人口減少という長期的、構造的な問題も住宅着工を抑制する要因です。ただし、意外なことに、人口減少に反して世帯数は年々増加しています。結婚しない30、40代や、配偶者を失った高齢者などが増加しており、独り暮らしの世帯は約1,700万世帯(※3)に達しています。これらの独り暮らしの世帯は新たに住宅を取得することが多くないため、世帯数の増加が住宅着工戸数の増加に繋がらない状況となっています。

中古住宅へトレンドの転換

 これらのネガティブな要因の他に、より住宅着工戸数の抑制要因として興味深いのは、新築から中古住宅へというトレンドの転換です。かつては、新築住宅の取得を人生の大きな目標とする考え方が広く浸透していました。しかし、今や中古住宅取得への抵抗感はなくなり、生涯を通して賃貸住宅に居住することも珍しくなくなりました。

 このようなトレンドの転換要因のひとつに、新築住宅取得の難しさがあります。景気の回復力が弱く、経済的な制約が強いことに加え、特にアベノミクスの開始以降、不動産価格サイクルの好転と建築コストの高騰が新築住宅価格を引上げ、新築住宅の取得がさらに難しくなりました。

 一方、中古住宅の存在感の高まりも主な要因といえます。全国の空き家が約820万戸(※4)もあると公表されて以降、特に空き家の活用が課題認識されるようになりました。これらの空き家の活用も含め、古い中古住宅のリフォームが活発になってきています。これまでリフォームといえば、住宅の所有者が個人でDIYしたり、業者に注文する形が中心でしたが、最近では、専門業者が多数の中古住宅を取得し、リフォームした後に再分譲する事業形態も増加しています。

 さらに、情報網の発達も中古住宅の普及をサポートしています。広告宣伝が活発な新築住宅に比べ、中古住宅の情報収集は容易ではありませんでしたが、インターネットの発達により、さまざまな中古住宅の情報を手軽に比較検討できるようになりました。また、情報を提供する側の住宅関連業者にも変化が表れており、たとえば、新築分譲販売に専念していた大手不動産会社が、リフォームや売買仲介などの包括的なサービスをひとつの店舗で提供するなどの動きがみられています。

新しい価値観

 実際、中古マンションの売買成約件数が伸びているなど、中古リフォームの拡大は数字にも表れてきています。これらの中古リフォームが普及した背景には、環境に配慮するエコの概念の影響も大きいでしょう。余計に新しいものをつくらず、古いものを大事に扱うという考え方は、古くから日本にある「もったいない」という考え方にも通じます。これらが、新築住宅にこだわらず、中古住宅をリフォームして活用するトレンドにフィットしたと考えられます。

 このように、住宅着工戸数の年間100万戸回復が難しくなっていますが、景気の力不足や人口減少というネガティブな要因だけで説明されるものではありません。新築から中古リフォームへというトレンドの転換は、自然体を志向する新しい価値観の表れとも言えそうです。将来、皆さんが住宅取得を検討する頃には、中古住宅はさらに探し易くなっており、素敵なリフォーム済みの中古住宅が一層増加していることでしょう。

(※1) 総務省統計局ホームページより。(平成28年1月1日の概算値で1億2,862万人と公表)
(※2) 総務省統計局ホームページより。 (2010年の国勢調査で一般世帯5,184万2千世帯、施設などの世帯10万8千世帯)
(※3) 総務省統計局ホームページより。 (2010年の国勢調査で1人世帯が1678万5千世帯)
(※4) 総務省統計局ホームページより。(平成25年住宅・土地統計調査)

(ニッセイ基礎研究所 増宮 守)

筆者紹介

増宮 守(ますみや まもる)

株式会社ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員
研究・専門分野:不動産市場・投資分析