新社会人のための経済学コラム

第172回 未来への備え:人生100年時代における資産運用と人的資本の重要性

2024年6月4日

「ライフサイクル投資」とは

 人生100年時代といわれるなか、生涯を安心して生活するためにも、若年期からの老後を見据えた資産形成の重要性が高まっています。それに伴い、ライフサイクル理論が注目されています。ライフサイクル理論とは、「個人が消費の決定を生涯所得に基づいて行い、生涯効用(生涯の幸福感や満足感)を最大化する」という考え方です。例えば、所得が多い時期に消費を抑え、金融資産を増やすことで、退職後など将来の収入減少時も消費水準を維持する、といった行動があげられます。

 ライフサイクル理論に基づき、個人が限られた時間のなかで人的資本も考慮して、長期的な資産形成を行うことを「ライフサイクル投資」と言います。図表1は、社会人のスタートから退職までの期間に、個人が保有する資産の推移を示しています。個人が保有する資産には、金融資産と人的資本があります。金融資産は貯蓄、株式、債券、投資信託などです。人的資本には、企業から見た「人的資本経営」の視点と、個人のライフサイクルにおける「人的資本」の二つの視点がありますが、ここでは人的資本を、個人が将来にわたって働き、得ることが期待される労働所得の現在価値として考えます。若年層ほど退職までの期間が長いため、人的資本が大きくなります。結婚や出産といったそれぞれのライフサイクル(生涯の各ステージ)に対応しつつ、退職までの期間を通して人的資本を金融資産に換えていきます。

図表1 個人の金融資産と人的資本の関係性

 資産形成においては、金融資産が少なく、退職までの時間が長い(=人的資本が大きい)若年層ほど、リスク資産への投資に対する許容度は大きいでしょう。一方、退職までの期間が短くなるほど、一般的に金融資産が増え、人的資本は小さくなります。それにつれて、リスク資産への投資許容度は相対的に小さくなるでしょう。特に退職後は、年金給付等を考慮しつつ資産を取り崩しながら運用する必要があるため、リスクを抑えた資産運用が求められるからです。

貯蓄と投資のバランス

 資産形成の重要性が高まるなか、日本では人的資本は主にどの金融資産に換えられているのでしょうか。図表2(※1)は、日本の家計が保有する金融資産構成をまとめたものです。それによると、現金・預金が52.6%と、家計の金融資産の過半数を占めていることが確認できます。次いで、保険・年金・定型保証が25.1%、株式等は12.9%、投資信託は5.0%となっています。現金・預金の比率が米国で12.6%、欧州で35.5%(※2)であることを踏まえると、日本はいまだに現金・預金といった貯蓄の比重が高く、低リスク資産を好む傾向があるといえます。

図表2 家計の金融資産構成

2023年12月末
残高(兆円) 構成比 対前年比
金融資産計 2141 5.1%
現金・預金 1127 52.6% 1.0%
債務証券 28 1.3% 10.7%
投資信託 106 5.0% 22.4%
株式等 276 12.9% 29.2%
保険・年金・定型保証 537 25.1% 0.9%
その他 66 3.1% 6.0%

 しかしながら、保有残高の対前年比を見ると、リスク性資産である株式等は29.2%増、投資信託は22.4%増と、大幅に増加しました。その背景として、日本株式も含めて世界的な株価上昇をきっかけにリスク性資産での資産運用が普及してきたことがあげられます。また、物価が上昇する中、現金・預金では実質的に目減りしてしまうことも、リスク性資産への投資を後押しした面があるかもしれません。

 今年から新NISAが始まり、リスク資産を含む多様で長期的な資産運用が広がってきています。また、今後も物価上昇が続いた場合は、現金・預金では取り崩すころに更に大きく目減りしてしまうリスクもあります。そのため、現金・預金からリスク性資産へのシフトはこれからも継続するものと思われます。

金融資産と人的資本の活用

 長い人生を安心して生活するためには、人生を通して、人的資本を効率的に金融資産に換えることが大切です。また、長寿化が進むなか、若いうちから仕事の幅広いスキル向上を通して所得を上げることに加え、長く働いて労働所得を得られる期間を伸ばすなど、生涯所得そのものを上げることも重要です。新社会人を含む若年層には、自分のライフサイクルに適した投資目標を常に意識したうえで、金融資産の運用と人的資本の活用をバランス良く進めることが求められています。

(※1)日本銀行『資金循環統計(速報)(2023年第4四半期)』新しいウィンドウ

(※2)日本銀行『資金循環の日米欧比較(2023年8月25日)』新しいウィンドウ

【参考文献】
藤林宏(2014)「個人の資産運用と退職後所得の確保-ライフサイクル・モデルと資産取り崩し戦略」『証券アナリストジャーナル』52(10)
モシェ ミレブスキー(2018)「人生100年時代の資産管理術」日本経済新聞出版社

(ニッセイ基礎研究所 森下 千鶴)

筆者紹介

森下 千鶴(もりした ちづる)

株式会社ニッセイ基礎研究所、経済研究部 准主任研究員
研究・専門分野:株式市場・資産運用

▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(森下研究員)

https://www.nli-research.co.jp/topics_detail2/id=64292?site=nli新しいウィンドウ

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