新社会人のための経済学コラム

第170回 観光の弊害:オーバーツーリズムの問題と解決策は?

2024年4月4日

オーバーツーリズムとその影響

 オーバーツーリズムは、「目的地全体又はその一部に対し、明らかに市民の生活の質又は訪問客の体験の質に悪い形で過度に及ぼされる観光の影響」と定義されています。つまり、オーバーツーリズムによる被害は、「環境や景観の汚染が起こる」、「独自の文化が観光化・商業化により本来の姿を失う」、「インフラやサービスが観光客向けに偏る」など、その地域の経済や文化、住民の生活にまで及びます(図表1)。

 また、オーバーツーリズムは、観光客が集まる場所であればどこでも生じる可能性があります。一方で、オーバーツーリズムの被害はエリアの特性、集まる観光客の属性や行動などに応じて複雑で、全てのオーバーツーリズムを一度に解決できる手法はありません。その地域の状況にあわせ、住民の意見を取り入れながら、様々な解決策を試してみる必要があります。

図表1 オーバーツーリズムによる被害

①環境への影響 明確な水質・土地・空気の汚染、深刻な騒音・ごみ問題
観光客向けインフラ投資が優先され、住民向けインフラ投資が減少する
景観の悪化 など
②経済への影響 観光業への経済依存(例:季節により雇用が不安定、観光業以外の雇用悪化)
インフレ発生などにより住民が日用品・サービスの購入、住居の利用などができなくなる
混雑による交通アクセスの劣化 など
③社会への影響 飲酒・ギャンブルなどの問題の発生と犯罪の増加による地域の安全性の低下
居住地区の観光施設・宿泊施設化
文化的価値や伝統が観光化・商業化により弱体化、地域社会が本来の姿を失う など

資料:欧州議会交通・観光委員会「オーバーツーリズム:影響と可能な政策対応」から筆者抜粋

増加する外国人観光客

 日本を訪れる外国人観光客の数は回復が続いています。2023年は2,506.6万人(2019年比▲21.4%)と、全体ではコロナ禍前の水準まで回復していませんが、国・地域別では、韓国が695.8万人(2019年比+24.6%)、米国204.6万人(+18.7%)など、既に2019年の水準を上回る国も多くあります(図表2)。観光客が来訪すれば地域の活性化が期待できますが、問題もあります。いくつかの観光地では既にオーバーツーリズムが発生しており、さらに観光客が増えれば問題はより深刻なものとなります。

図表2 訪日外客数(国・地域別、2023年対2019年比)

実際のオーバーツーリズムと対策

 例えば神奈川県鎌倉市(人口17万人に対し2019年観光客数は112倍の1,902万人)では、人気スポーツ漫画の聖地巡礼で小さな踏切に観光客があふれています。この踏切には、もともと住民向けの単線の電車で向かう人が多く、観光客が増加したために住民が電車に乗れない事態が生じています。市は対策として、観光客に徒歩を推奨するとともに、住民が混雑期間に電車構内へ優先入場できる等の実証実験などを行っています。

 また、合掌造りで知られる岐阜県白川村(人口1,491人に対し2019年観光客数は1,442倍の215万人)では、冬のライトアップを見るため車で訪れる観光客で周辺道路が大渋滞し、住民の生活に支障が出ていました。今では観光客数制限のためにこのライトアップは完全予約制となっています。

 オーバーツーリズムは住民の生活の快適性や観光客の満足度を低下させますが、観光業の活動を抑制しすぎてしまえば、観光客の増加に伴う経済効果や地域活性化等のプラスの効果も弱くなってしまいます。いかにして地域の資源と人々の生活を守りながら観光客を迎え入れるか、住民と観光客双方の満足度を高めるような斬新なアイデアや柔軟な対応が求められています。

(ニッセイ基礎研究所 渡邊 布味子)

筆者紹介

渡邊 布味子(わたなべ ふみこ)

株式会社ニッセイ基礎研究所、金融研究部 准主任研究員
研究・専門分野:不動産市場、不動産投資

▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(渡邊 研究員)

https://www.nli-research.co.jp/topics_detail2/id=58762?site=nli新しいウィンドウ

Copyright © 日本生命保険相互会社
2024-55G, サステナビリティ経営推進部