新社会人のための経済学コラム

第154回 日本の物価は35年前と比べて約2割上昇したが、世界に比べると・・・

2022年12月23日

消費者物価は40年ぶりの上昇率

 最近、買い物をするときに商品の価格が高くなったと感じる人は多いのではないでしょうか。消費者が購入する財やサービスの価格を集計した経済統計である総務省の消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合で、2022年10月に前年の同じ月と比べて3.6%上昇しました。この上昇幅は、1982年2月以来40年ぶりです。

消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の寄与度分解

 今回の消費者物価の上昇は原油等の資源価格の高騰に起因しますが、執筆時点では、食料品を中心に、増加した生産コストを価格に転嫁する動きが徐々に進展しています。

日本の物価の動向を振り返る

 振り返れば、日本では、バブル崩壊以降、物価が上がらない状況が続きました。日本の長期的な消費者物価指数の推移を確認すると、戦後の経済復興期やそれに続く高度成長期には、4~5%の年平均上昇率で上昇し、1950年の11.9から1970年には31.3と2倍以上となりました。2度のオイルショックを経験した1970年代には、1974年に前年比で20%を超える上昇率を記録するなど、年平均上昇率が8%を超える高い物価上昇率を経験することになりました。

消費者物価指数の推移(1950年以降)

 バブル経済に特徴づけられる1980年代には年平均物価上昇率は1%台後半にまで低下し、バブル崩壊後の1990年代後半以降は、前年比の物価上昇率が0%台から▲1%台が継続する緩やかなデフレを経験することになりました。

実質GDPの推移

 1990年代後半以降の緩やかなデフレは、バブル崩壊以降の金融危機を伴う長期的な景気低迷によるところが大きかったものと考えられます。実質GDPの10年ごとの平均成長率をみると、高度経済成長を経験した1960年代には9.3%であり、その後、1970年代と1980年代には4%程度でしたが、1990年代には1%にまで低下し、2000年代以降は0%台となりました。また、執筆時点では円安の局面となっていますが、例えば、1995年には1ドル79円台、2011年には1ドル75円台になるなど、90年代後半以降にはしばしば円高を経験し、海外から安価な輸入品が入ってくることで、物価の下落圧力が強まったとも指摘されています。

 このような景気低迷とデフレの脱却のために、1990年代以降、財政拡張政策や金融緩和政策が繰り返し実施されてきました。2013年には、日本銀行は、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、金融緩和を推進し、できるだけ早期に実現することを目指すことを宣言しました。2022年になり、資源価格高騰や円安に起因するものではありますが、政策目標を超える消費者物価上昇率となりました。

ドル円為替レートと原油価格の推移

2%の物価上昇率が続くと?~「70の法則」から考える

 ところで、仮に2%の物価上昇率が続く場合、将来的には物価は何倍になるのでしょうか。ここでは、「70の法則」を用いて考えたいと思います。「70の法則」とは、一定の利率の複利でお金を預けた場合に、そのお金が2倍になるのにかかる年数を大まかに求める方法です。具体的には、70を金利(%)で割ることで、2倍になる年数を計算できます。例えば、金利が2%であれば、2倍になるのは35年後ということになります。これを物価に当てはめてみると、物価安定の目標である2%の前年比上昇率で物価が上昇すれば、35年後には、物価が2倍になります。執筆時点では、前述のように、消費者物価上昇率は3%を超えて上昇していますが、仮に3%の上昇が続けば、23,24年後には物価が2倍を超える状況となります。

これまでの日本と世界の物価動向の比較

 それでは、2022年までの35年間でどれだけ物価が上昇したのでしょうか。ここでは、現在の物価上昇を加味するため、IMF(国際通貨基金)が2022年10月公表の世界経済見通しで示した2022年の消費者物価の予測値を使って算出します。

 すると、35年前の1987年の消費者物価を100としたときに、2022年は120.5となり、35年間で物価は約2割上昇したことがわかりました。2割の上昇は大きいのでしょうか。それを考えるために、日本以外のG7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国、米国)各国でも同様の計算をすると、それらの国の物価は35年間で2~2.5倍前後になりました。

G7各国の消費者物価の推移

 なお、2%の物価目標は海外の中央銀行でも採用されていますが、これらの国では均してみると概ね物価目標に近い物価上昇を経験したことになります。2008年のリーマンショック以降、日本以外の先進国でも低い物価上昇への懸念が高まりましたが、いずれにしても、日本の1990年代後半以降の緩やかなデフレがいかに特異な現象であったかがわかります。

 おそらく、この記事の表題をみて、読者の方の中には、35年間で物価が2割も上昇したのかと思った方がいたかもしれません。しかし、その程度の上昇で驚くのは世界的にみれば珍しいことといえるでしょう。

 今回の世界的な物価上昇でも、海外に比べて日本の上昇率は低水準に留まります。日本の物価は今後どのように推移するのでしょうか。再び緩やかなデフレに戻るのか、それとも2%程度の安定した物価上昇が続くのか、はたまた海外のような高インフレを経験するのか。日本経済の重大な岐路に立っているのかもしれません。

G7各国の消費者物価の推移(2021年1月以降)

(ニッセイ基礎研究所 山下 大輔)

筆者紹介

山下 大輔(やました だいすけ)

株式会社ニッセイ基礎研究所、経済研究部 准主任研究員
研究・専門分野:日本経済

▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(山下研究員)

https://www.nli-research.co.jp/topics_detail2/id=65148?site=nli新しいウィンドウ

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