新社会人のための経済学コラム

第152回 損失は利得より約2倍大きく感じる?!―損失回避性とは

2022年10月11日

損失回避性とは

 リスクがある状況の中での人々の行動パターンをモデル化した有名な理論に、「プロスペクト理論」があります。プロスペクト理論は、2002年ノーベル経済学賞受賞者であるダニエル・カーネマンと、エイモス・トベルスキーによって提唱されました。2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラ―は、プロスペクト理論の特徴である「損失回避性」を、行動経済学で最も重要な概念のうちの1つとして挙げています(※1)。では、この損失回避性とはどのような特徴なのでしょうか。

次のようなくじを想定してみましょう。

 このくじは、50%の確率であたりがでて、50%の確率ではずれがでます。
あたりが出た場合は200万円もらえますが、はずれが出た場合は100万円を支払わなければなりません。
あなたはこのくじに参加しますか?

 このくじの期待値は50万円(200万円×0.5マイナス100万円×0.5)なので、くじを引く人にとって有利な条件です。しかし、「参加しない」という選択をする人も多いのではないでしょうか。これは、200万円もらえることによる喜びよりも100万円失うことによる悲しみの方を大きく捉える傾向である、損失回避性によるものと考えることができます。つまり、損失回避性は、人が利得よりも損失を大きく感じる傾向ということができます(※2)

 損失回避性は、図のようなプロスペクト理論の価値関数で表すことができます。この価値関数は、参照点で折れ曲がっており、損失局面の傾きの方が利得局面の傾きより急になっています。これは、何かを得たときに感じる喜びの大きさと、同じものを失ったときに感じる悲しさの大きさを比べると、何かを失ったときに感じる悲しさの大きさの方が大きいことを示しています。トベルスキーとカーネマンの研究では、失ったときに感じる悲しさの大きさの方が、同じものを得たときに感じる喜びの大きさよりも、2.25倍大きいと推定されています(※3)

図.プロスペクト理論の価値関数の例

損失回避性で説明される可能性のある現実社会の様々な現象

 現実社会では、損失回避性で説明される可能性のある様々な現象が見られてきました。例えば、住宅売買で売主の設定する「販売価格」は、「予測される売買価格」が「売主の元々の購入価格」よりも低い場合には、「予測される売買価格」よりも高くなる傾向があることが確認されています(※4)。これは、売主が「売主の元々の購入価格」を参照点として損失がなるべく小さくなるように「販売価格」を設定する傾向によるものと考えられます。

 他にも、プロのゴルフ大会のパット数のデータを用いた研究では、ゴルファーはバーディーやイーグルを狙うパットでは、パーを狙うパットやダブルボギーを防いでボギーを狙うパットよりも、正確性が欠ける傾向があることが確認されました(※5)。これは、選手が各ホールのパーの数を参照点として、それよりも打数が多くなってしまうこと(そのホールでの損失)を避けるために、パーショットではより慎重になっている可能性を示唆し、損失回避性と整合的であると考えることができます。

損失回避性の活用

 損失回避性は、買わないことの損失を強調することで購入を促すといった形で、マーケティング等の分野でも活用されています。自分自身の損失回避性を利用して「早起きは三文の徳」を「早起きしないと三文の損」と捉えなおして自身の生活習慣の改善を試みるなどといった活用も考えられるかもしれません。つまり、損失回避性の特徴からは、他人や自分自身がどんなことを損と感じるかといった視点を持つことで、他人への働きかけの効果を高めたり、自分自身の行動の改善につながったりする可能性があることが考えられます。

(※1)Thaler, R. H.(2016)“Behavioral Economics: Past, Present, and Future,” American Economic Review, 106 (7): 1577-1600.

(※2)岩﨑敬子(2021)『福島原発事故とこころの健康-実証経済学で探る減災・復興の鍵』日本評論社

(※3)Tversky, A. and Kahneman, D.(1992) “Advances in Prospect Theory: Cumulative Representation of Uncertainty,” Journal of Risk and Uncertainty, 5: 297-323.

(※4)Genesove, D. and Mayer, C.(2001)“Loss Aversion and Seller Behavior: Evidence from the Housing Market,” Quarterly Journal of Economics, 116(4):1233-1260.

(※5)Pope, D. G., and Schweitzer, M. E. (2011)“Is Tiger Woods Loss Averse? Persistent Bias in the Face of Experience, Competition, and High Stakes,” American Economic Review, 101 (1): 129-57.

(ニッセイ基礎研究所 岩﨑 敬子)

筆者紹介

岩﨑 敬子(いわさき けいこ)

株式会社ニッセイ基礎研究所、保険研究部 准主任研究員
研究・専門分野:応用ミクロ計量経済学・行動経済学

▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(岩﨑研究員)

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