新社会人のための経済学コラム

第166回 「春闘賃上げ率が30年ぶりの高水準に」

2023年12月13日

春闘とは

 春闘とは、毎年春頃に行われる労働者(労働組合)と経営者(使用者)の賃金などの労働条件に関する交渉のことを指します。例えば日本では、全国の労働組合の中央組織である連合(日本労働組合総連合会)などが交渉内容の調整を行ったうえで、一斉に交渉が行われています。この交渉時期(労働者側の要求や、それに対する経営者側の回答が提出される時期)が2・3月頃であることから春闘と呼ばれています。

 今年23年春の労使交渉(2023年春季生活闘争)について、連合は「5%程度」の賃上げを目標とする方針を掲げました。連合は16年以降、22年までは「4%程度」の賃上げ目標を方針としていましたので、水準を引き上げたことになります。
 もちろん、より重要なのは労使交渉の結果です。連合が集計した結果は、平均賃上げ率で3.58%となり93年(3.90%)以来、30年ぶりの高い伸び率となりました(図表)。この賃上げ率には定期昇給分(年功的に上昇する賃金部分)も含まれていますが、この定期昇給分を除くベースアップ(いわゆる「ベア」)の引き上げ率で見ても2.12%と高水準になりました。
この背景には足もとで急激に進んだ物価の上昇があります。

図1 寿命と健康寿命の推移

デフレからインフレへ

 日本のインフレ率上昇が目立つようになっています。第154回のコラム(注1)で紹介したように、日本では90年代半ばから、あまり消費者物価が上昇しない状況が続き、2000年代初頭には物価の下落を表すデフレ(デフレーション)という言葉も定着しました(図表)。その後、08年頃に一時的にインフレ率が2%を超えたこともありますが、長続きしませんでした。当時は原油価格の上昇が顕著で日本でもエネルギー価格が上昇していましたが、米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、世界的に金融危機に広まったことで不況が深刻化し、エネルギー価格も急落したという経緯があります。

 足もとのインフレ率上昇も、ロシアがウクライナに侵攻したことをきっかけに、ロシア産資源の供給が滞ることが懸念されて原油価格が高騰したこと要因として挙げられます。しかし、現在の物価上昇には持続的な兆しも見られます(図表、変動幅の大きい生鮮食品とエネルギーを除く指数について、消費増税の影響を除いた伸び率を示しています)。原油などの輸入品・原材料価格の上昇が、幅広いモノやサービスに転嫁され、全体的に価格が上昇しているためです。

図1 寿命と健康寿命の推移

インフレや賃金上昇は定着するか

 日本では、デフレが家計の消費や企業の設備投資を抑制する要因になるとして、政府や日本銀行はデフレから脱却するための取り組みを続けてきました。「アベノミクス3本の矢」やそのうちの「大胆な金融政策」が代表例と言えます(日本銀行の政策については第159回のコラム(注2)も参考にしてください)。

 しかし、物価も賃金も上がらない状況が長く続いてきたことで、「物価や賃金は上がらないもの」という考え方が定着し、日本銀行の目標であるインフレ率2%はなかなか達成されませんでした。
現在、原材料価格の上昇が様々なモノやサービスの価格に転嫁されているということは、企業がこれまでより積極的に仕入価格の上昇を販売価格に反映させていることを意味します。企業による値上げの決断がこれまでよりもされており、「物価が上がらないもの」という考え方が変化している可能性を示唆しています。

 労働者にとっては、物価上昇は支出の増加になりますので、賃金上昇を通じてこの負担を軽減しようとする動きが活性化することが期待されます。冒頭で見た春闘の結果は、こうした動きを反映したものと言えます。高齢化の進展などで働き手が減少し、人手不足感が強まっていることも賃金上昇を後押しすると見られ、物価だけでなく「賃金が上がらない」という考え方も変化する可能性が生まれています。

 連合は、24年春の労使交渉について、賃上げ目標をさらに引き上げて「5%以上」とする方針を掲げました。24年の労使交渉も23年に続いて高い賃上げ率が実現するかが注目されています。賃金上昇は企業にとってはコスト増加になりますが、今年のような価格転嫁姿勢が続けば物価上昇が持続し、さらに賃金上昇も継続する可能性があります。

 日本では賃金と物価が揃って上昇する状態を「好循環」と呼んで、政府や日本銀行はこうした状況の実現を目指しています。24年の労使交渉は、この好循環がどれだけ実現しているかを判断する重要なイベントであり、注目度は高まっています。

(ニッセイ基礎研究所 高山 武士)

筆者紹介

高山 武士(たかやま たけし)

株式会社ニッセイ基礎研究所、経済研究部 主任研究員
研究・専門分野:欧州経済、世界経済

▼ニッセイ基礎研究所ホームページ(高山研究員)

https://www.nli-research.co.jp/topics_detail2/id=35?site=nli新しいウィンドウ

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