第194回 新社会人の自己啓発と将来につながる人的資本
新社会人のための経済学コラム2026年4月9日
新社会人として新たな一歩を踏み出した皆様、誠におめでとうございます。期待と不安が入り混じる中でスタートした社会人生活はいかがでしょうか。学生時代、「卒業すれば勉強から解放される」と晴れやかな気持ちで社会に出た方も多いかもしれません。しかし、実際に働き始めてみると、上司・同僚が用いる専門用語、複雑な事務手続き、あるいは最新のITツールの操作など、毎日のように「分からないこと」に直面し、日々が勉強の連続であると痛感しているのではないでしょうか。
本稿では、データを基に若手社会人を取り巻く自己啓発の現状を確認し、これからの長いキャリアを支える「人的資本」という考え方を紹介します。
数字で見る、若手社会人の「学び」の現在地
総務省が実施した「令和3年社会生活基礎調査」によると、ふだん主に仕事をしている15歳から24歳の層のうち、45%もの人が、過去1年間に何らかの自己啓発に取り組んでいます。これは約2人に1人が、仕事以外の時間を使って自らのスキルを高めようとしていることを意味します。学習の内容として多いのは、「パソコンなどの情報処理」、「英語」、「商業実務・ビジネス関係」などです。
こうした学習の動機は、その多くが「現在の仕事に役立てるため」という前向きなものです。自己啓発の頻度は人によって様々ですが、取り組んでいる人の3人に1人は「週に1日以上」という高い頻度で継続しています。さらに驚くべきは、学習を行う日の平均時間は約2時間半にも及ぶという点です。
「週に1回、2時間半」と聞くと、一見わずかな時間に思えるかもしれません。しかし、これを1年間継続すれば130時間を超えます。この地道な積み重ねは、数年後には専門性や仕事の質の違いとして確かな形で現れてくるでしょう。
「金融資産」と対をなす「人的資本」という武器
近年、新NISAなどの普及により、資産形成への関心が高まっています。「若いうちからコツコツと貯蓄や投資を行い、将来に備えたい」と考える人が増えているのは自然な流れです。しかし、私たちが保有する資産には、各種口座残高などを通して容易に把握できる金融資産以外に、もう一つ極めて重要なものが存在します。それが「人的資本」です。「金融資産」は、これまでの収入から積み上げてきた“過去の成果”です。一方で「人的資本」は、知識・技能・経験・健康など、将来の所得を生み出す能力の源泉を指します。言い換えれば、自分自身が価値を生み出すエンジンになるという考え方です。
人的資本の価値を「本人の稼ぐ力×稼げる期間」という数式で捉える方法があります。特に若手世代には、この「稼げる期間」が圧倒的に長く残されている点が大きなメリットになります。たとえ自己研鑽による「稼ぐ力」の上昇がわずかであっても、稼げる期間が長いほど、人的資本を大きく積み増すことができるからです。資産形成において長期投資が重要視されるのと同様に、若いうちから人的資本に投資することは極めて合理的です。金融資産への投資も重要ですが、それと並行して、自分という資本を磨き上げる「自己研鑽」に時間というリソースを配分することは、効率的な資産形成戦略と言えるでしょう。
中高年層も挑む「リスキリング」と変化への適応
「勉強は若いうちだけで十分だ」という考え方は、近年では必ずしも当てはまらなくなってきています。実は、中高年層においても、一定の割合が自己研鑽に取り組んでいます。その背景にあるのが、社会の変化のスピードがかつてないほど加速しているという現実です。かつて正解とされていたスキルが、数年後には陳腐化してしまうことも珍しくありません。そこで注目されているのが、新しい職業に就くため、あるいは今の職業で求められるスキルの変化に適応するために必要な能力を習得する「リスキリング(学び直し)」です。
現在、多くの企業やベテラン社員が、デジタルトランスフォーメーション(DX)への対応や、生成AIの活用といった新しい領域の学びに積極的に取り組んでいます。裏を返せば、どのような立場であっても「学び続ける姿勢」がこれまで以上に求められる時代になったといえます。
こうした状況を踏まえると、若いうちから「学ぶ習慣」を身につけておくことは、将来のリスクを軽減するうえでも有効な備えとなるでしょう。学ぶ習慣がある人は、技術革新や産業構造の変化が起きても、柔軟に自らの専門性をアップデートし、自らの市場価値を維持し続けることができるからです。
このように、学び続ける力は、年代を問わずキャリアの安定性を高める重要な要素になっています。小さな学びでも習慣として続ければ、やがて大きな力になります。新社会人というスタートの今こそ、未来の自分への投資を始める絶好の機会です。
(ニッセイ基礎研究所 高岡 和佳子)
筆者紹介
高岡 和佳子(たかおか わかこ)
株式会社ニッセイ基礎研究所、金融研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任
研究・専門分野:リスク管理・ALM、企業分析
