第192回 米価格の高騰にみる需給問題
新社会人のための経済学コラム2026年2月12日
身近な米価格高騰と「需給」という視点
この現象を理解するうえで重要なのが、「需給」という経済学の基本概念です。価格は需要と供給のバランスによって決まります。需要が供給を上回れば価格は上昇し、逆であれば下落します。しかし、現実の経済はそれほど単純ではなく、現実の経済では需給の調整には時間がかかり、需給のズレが生じやすいといえます。米価格の上昇は、そのズレが一気に表面化した結果といえます。
供給が増えない構造、政策・気候・農業の現実
供給面から見ると、日本の米生産は長年にわたり「増やしにくい」構造に置かれてきました。1970年代以降の米の過剰生産と在庫増加を背景とする政府の減反政策により、水田面積と生産量は抑制されてきました。2018年に減反政策が終了したものの、政府が示す「適正生産量」や、主食用米以外への作付けを促す転作補助金によって、主食用米の生産は事実上抑えられた状態が続いています。政府による生産数量の割り当ては行われなくなった一方で、こうした見通しの提示や補助制度が生産者の判断に影響を与え、実質的な生産調整が続いてきました。
こうした政策のもとで、近年の気候変動が供給不安を拡大させました。2023年の記録的猛暑では、高温に弱い品種を中心に収穫量や品質が低下しました。その結果、精米したときに割れや欠けが少ない品質の高い米が減り、市場に出回る「売れる米」が少なくなりました。農業は自然条件に左右されやすく、不作が起きても短期間で生産量を回復させることが難しい産業です。
さらに、農業従事者の高齢化や人手不足、肥料・燃料・物流費の上昇といった要因も、生産拡大を妨げています。結果として、市場に出回る米の量が限られるとともに、品質面でも課題が生じ、価格が上昇しやすい状況が生まれていました。
減っていたはずの需要が一転して増えた理由
一方、需要面では長期的には米の消費は減少してきました。人口減少や食生活の多様化により、「米離れ」が進んできたのは事実です。
しかし、この流れが2023年頃から反転しました。コロナ禍の収束に伴う内食需要の定着、外食産業の回復、訪日外国人の増加によって、業務用を中心に米需要が想定以上に増加しました。需要が増える一方、米作りは作付けや収穫の時期が決まっているため、途中で生産量を増やすことが難しく、供給の調整は年単位にならざるを得ません。この時間差が、需給の逼迫を一気に深刻化させました。
米の需要が増加に転じたこと自体は、本来は前向きに捉えられる動きです。しかし、供給余力が乏しい状況では、価格上昇という形で影響が現れました。今回の米価格高騰は、需要増と供給制約が同時に起きた結果といえます(図表1)。
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(注)該当年度産米の需要量のため、消費期間と生産期間は一致しない。令和7年度産米の需要量・供給量は見通し。
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(資料)農林水産省 米の需給状況の現状について 令和7年12月26日をもとにニッセイ基礎研究所作成
在庫と政策対応、そして私たちへの示唆
こうした需給のズレを和らげる役割を担うのが在庫です。米は適切な方法で保存すれば、ある程度の期間保存が可能な食品であり、日本では主に民間在庫によって需給変動に対応してきました。しかし近年の需要拡大を受けて民間在庫が減少を続けており、需給のズレを吸収してくれる予備の米(クッション)が薄くなっていました。
政府は価格高騰を受けて、非常時に備えて保有している政府備蓄米を市場に放出しましたが、価格を押し下げる効果は限定的でした。結果として、需給逼迫による価格上昇は継続する形となりました。
近年の米政策を振り返ると、長年、供給抑制を前提としてきた政策の枠組みを維持しつつも、需給環境の変化を受けて増産支援を打ち出す動きが見られるようになり、需要見通しの示し方も見直されてきました。一方で、直近では政府内で増産に慎重な見方が示されるなど、政策の方向性が短期間で変化しています。
これは政策が定まっていないというよりも、気候や需要構造の変化で需給の見通しを立てる前提自体が揺らいでいることによる影響が大きいためです。
このような状況では、従来の方法で需給を正確に見通すことは容易ではありません。そのため、政府が需要予測や生産方針を示しても実際の需給とずれる場面も避けられません。米価格の変動は、政策の良し悪しだけでなく、予測そのものの限界として理解する必要があります。
最近では、JA(農業協同組合)が農家に対して示す米の買い取り価格の目安が大幅に引き上げられており、生産者側は高値を前提に行動し始めています。これは供給回復への兆しである一方、当面は米価が高水準で推移する可能性が高いことも示しています。
「令和の米騒動」が示したのは、需給調整の難しさです。米は余れば問題になり、足りなくなってから増やすのも簡単ではありません。農業は生産に時間がかかり、しかも自然条件に大きく左右される産業だからです。
重要なのは、米をはじめとした物価上昇を単なる値上げとして受け止めるのではなく、その背後にある需給構造を考える視点を持つことです。米価格の高騰は、農業だけの問題ではなく、人口動態、気候変動、政策判断が複雑に絡み合った結果であり、エネルギーや住宅、労働市場など他の分野にも共通する課題を示しています。
(ニッセイ基礎研究所 小前田 大介)
筆者紹介
