第190回 インフレってなに? 物価と給料の関係を解く
新社会人のための経済学コラム2025年12月18日
デフレからインフレへ、経済の空気が変わった
ところが、2022年以降、状況は大きく変わりました。エネルギー価格の高騰や食料品の値上げ、円安の進行が重なり、物価は上昇に転じました。それまで、値上げを避ける文化が根強かった日本にとって大きな転換点です。いまや、日々の生活の中でインフレ(物価上昇)を意識せざるを得ない時代になりました。
名目と実質 ― 見かけと本当の豊かさ
下図は、厚生労働省と総務省の統計をもとに、名目賃金上昇率、実質賃金上昇率、消費者物価上昇率を比較したものです。名目賃金とは給料の「見かけの金額」のことで、実質賃金は物価の変化を踏まえた「実際に買えるものの量(購買力)」を表します。
近年(特に2022年以降)、物価上昇率が大きく伸びている一方で、名目賃金上昇率はそれに追いついていません。その結果、実質賃金上昇率はマイナスとなり、「数字では給料が上がっているのに暮らしは楽にならない」という状態が続いています。多くの人が生活の中で「物価だけが上がっている」と感じる背景には、この実質賃金の低下があります。
そのため、暮らしの実感を考えるうえでは「名目」よりも、物価変動を踏まえた「実質」の指標を見ることが重要になります。
インフレにも“良い”と“悪い”がある
インフレと聞くと、まず「悪いもの」というイメージを持つ人も少なくありません。しかし経済学では、物価と賃金のバランスが取れていれば、インフレはむしろ経済を活性化させる力にもなります。
逆に、物価だけが上昇し、賃金が追いつかないインフレは、家計に負担を強いるだけでなく、企業も利益を出しにくくなるため、賃金を上げられない悪循環に陥ります。経済が安定して成長するためには、物価と賃金がともに上昇する「健全なインフレ」が欠かせません。
これらの違いを整理したのが、次の図「良いインフレと悪いインフレの違い」です。
良いインフレと悪いインフレの違い
| 良いインフレ | 悪いインフレ |
|---|---|
| 物価 緩やかな上昇(年2%前後) |
物価 急速に上昇(年3~5%以上) |
| 賃金 実質賃金は維持か、上昇 |
賃金 物価に追いつかず実質賃金が低下 |
| 企業 価格転嫁が進み利益が確保される |
企業 コスト増を転嫁できず利益が低下 |
| 家計 購買力維持・生活が安定 |
家計 生活負担増、購買力低下 |
| 経済全体 消費・投資が増え成長が持続 |
経済全体 消費が落ち込み景気停滞のリスク |
(資料)筆者作成
経済を動かすのは「私たちの行動」
図にもあるように、悪いインフレの背景には、企業が価格に転嫁しきれず、利益を確保しにくい状況が続くという問題があります。これは政策だけでなく、私たち消費者の行動にも影響されています。
「値上げは悪」と考えて過剰に拒む社会では、企業はコストを価格に反映できず、結果として賃金上昇の余力がなくなります。逆に、適正な価格を受け入れ、企業の努力に対価を払う姿勢が根付けば、利益が賃金へと還元され、健全なインフレへとつながります。
適正なインフレが暮らしを支える
インフレは、経済を冷やすことも温めることもできる「温度」のような存在です。重要なのは、その温度を「ちょうどよい状態」に保つことです。
物価が上がっても、それに見合う賃金が上がる社会であれば、人々の暮らしは豊かになります。逆に、値上げを拒み続ける社会では、企業も成長できず、結果として働く人の収入も増えません。
日常の中で「なぜ値上げが起きているのか」「給料と物価の関係はどうなっているのか」を意識するだけでも、経済を見る目は変わります。インフレを理解することは、ニュースの裏にある社会の仕組みを知り、自分の将来を主体的に考える力を育てることにつながります。
<参考・引用資料>
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(※1)
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(※2)
(ニッセイ基礎研究所 斉藤 誠)
筆者紹介
