
2026年1月16日(金)「DREAM HOOP PROJECT」を長崎県長崎市で開催!


今回は、長崎県長崎市立橘中学校の2年生を対象に開催しました。
当日開催したイベントの様子を本記事にて紹介します。
2年1組 丸山 弘毅さん
「周りの目や言葉を気にせず、自分の気持ちに素直に向き合って」
――車いすバスケットボールットボールを始めたきっかけは何ですか?
実は中学1年生までは、バスケットボール部に入り、“車いすバスケットボール”ではなく、“バスケットボール”選手として、みんなと一緒にプレーしていました。走れるわけではないですが、マネージャー業務だったり、シューティングだけ一緒に混ざってやったりとバスケットボール自体は楽しくて好きでした。
しかし、高校生にあがると、体格差や安全面の課題バスケットボール部に入るのが難しいと感じていました。そんな時に、たまたま車いすバスケットボールを題材にした漫画に出会い、興味をもって始めたのがきっかけです。
――小中高生の頃の夢は何でしたか?
中学時代は、実は明確な将来の夢はありませんでした。
バスケットボールは好きだったけれど、プロの選手になりたいとかは思っていなかったです。自分の障がいもあって、好きなバスケットボールも、みんなと休み時間にバスケットボールで遊ぶときは遠慮してしまっていました。
ただ、ボールに触れている時間が楽しく、スポーツを続けたいという思いは一貫していましたね。
――プロになろうと思ったきっかけは何ですか?
車いすバスケットボールに惹かれた一番の理由は、“コートに出れば平等に戦える”という事です。
障がいの重い軽いに関係なく、みんな公平に活躍できる競技に出会えたことで、「環境のせいにしたくない」「もっとうまくなりたい」という気持ちが芽生えました。
高校を卒業してからは、地元で公務員として働きながら車いすバスケットボールの日本代表を目指しましたが、残業などでうまく練習時間が確保できず、「バスケットボールをするために公務員になったのに、仕事でバスケットボールができていない」という矛盾を抱えていました。
そこで、覚悟をもって公務員を辞め、神奈川の強豪へ移籍して、バスケットボールを“仕事として”取り組める環境に飛び込みました。
――壁にぶつかった瞬間はありますか?
覚悟を決めて地元の公務員を辞めて神奈川の強豪へ移籍し挑戦を続けてきたのに、2021年の東京パラリンピックでの代表入りはできず、やっと代表に選ばれたパリへの道も、アジア予選で途切れたときは、長年の目標が砕ける悔しさを経験しました。
――でもいま頑張っていますよね。その気持ちはどこから出てくるのですか?
パリの予選に敗れて気持ちが折れかけていた時期は、簡単に次のロサンゼルスを目指すとは思えないメンタルでした。しかし、当時神奈川県の中学校で同じイベントが行われ、講師を担当したときに、生徒のみんなが夢を語り、それに向かって前向きに頑張りたいと言っている姿を見て、「自分もまた夢に向かって頑張らなきゃ」と思えました。
そこから気持ちを切り替え、次はロサンゼルスパラリンピックに絶対出ると決めて、もう一度代表を続ける覚悟を固めました。
ロサンゼルスに出るときは、僕も32歳という身体的にも一番ピークな時期なので、死に物狂いで出たいと思っており、モチベーション高くやっています。
――みなさんに一言お願いします
授業でみんなの夢を聞いて、僕も自分の夢に向かって頑張りたいなと思えました。
みなさんも、夢がある人はそれに向かって、まだ夢が見つけられていない人でも、今楽しいことや好きなことにたくさん挑戦をして、周りの目や言葉を気にせず、自分の気持ちに素直に向き合って頑張っていってほしいです。
僕もロサンゼルスパラリンピックに出ている姿を見せるので、お互いにそれぞれの場所で頑張りましょう。
2年2組 中川 聴乃さん
「小さな成功体験の積み重ねが次の一歩を後押しする」
――中学校の頃はどのような生徒でしたか?
中学校の時は部活に明け暮れていて、文字どおり「全てがバスケットボールット」という日々を送っていました。
小学校でもバスケットボールをしていましたが、進学した中学校がたまたまバスケットボールの強豪校で、環境のおかげもあって「もっと上手になりたい」と思い、熱中していました。
――中学時代の夢・目標はなんでしたか?
実は、「これが夢」と言い切れる大きな夢は持っていませんでした。
夢と言われると不透明に思え、叶わないかもしれないものを追いかけることに不安を感じていたため、代わりに“小さな目標”を小刻みに置き、達成しては次を設定することを繰り返して自信を積み上げていくタイプでした。
――“小さな目標”について、例えばどのようなものですか?
私の中学校はカトリックの学校だったのですが、カトリック校ならではのミサの時間に全出席することを自分に課し、達成しました(全出席者に授与される“ロザリオ”が動機づけになりました)。
このように、手に届く達成条件をクリアし続けることが、自信と行動力の土台になりました。
短期の行動目標でも十分効果があり、小さな成功体験の積み重ねが次の一歩を後押しすると考えています。
――プロを目指すうえで大切にしたことは何ですか?
日々“目標をぶらさない”ことに加えて、「人より飛び抜けた武器を一つ作る」ことを大切にしていました。
私は小さいころから走るのが早かったので、“足の速さ”を武器にしようと思い、自分の武器を生かしたプレーができるように毎日練習していました。
練習を続けてこれた根っこには「誰にも負けたくない」という気持ちがすごく強くあったと思います。
“好き”だからこそ苦しい局面でも負けずに練習を続けられました。
――現在の目標は何ですか
実は、前回別の学校でこの授業をしたときに二つ目標を立てました。
一つは、長崎でスポーツを通じて地元に貢献したいという事、もう一つは、コロナ禍に立ち上げて少しお休みをしていた“大きいサイズの靴を取扱うブランド”の再開です。
実はどれも既にスタートさせていて、この間長崎県でバスケットボールクリニックを開催したり、新ブランドの始動まで到達しています。
――みなさんに一言お願いします
こうして夢について考える時間はとても大事だなと、私にとっても大切な機会になりました。
そして、夢や目標の実現に向けて、ぜひ“イメージ”を持つことを大切にしてほしいです。
色んな夢・目標といった、なりたい自分を“イメージ”しながら、好きなこと・やりたいことを発信したり、どんどん取り組んでいってほしいなと思います。
また、今日の授業で何人かがワークシートに書いてくれていた、「応援される・信頼される人になりたい」という言葉もとても素敵だなと思いました。
やっぱり、そういう人の周りには人が集まってきて、互いに助け合える存在になれるので、そうした志も本当に素晴らしいなと思いました。
2年3組 香西 宏昭さん
「やることが決まったら、それに向かって「逆算」をする」
――車いすバスケットボールを始めるまでスポーツの経験はありましたか?
小学校6年生の時に車いすバスケットボールを始めたのですが、それまでは部活やクラブ活動とかも特に何もやっていませんでした。でも当時から野球は結構好きで、友達と遊んだり、野球観戦とかはよくしていました。
――車いすバスケットボールを始めた当時はどうでしたか?
最初はうまくいかなかったところからのスタートでした。
車いすの操作自体は、普段から使っていたので問題なくできていたのですが、始めた当初は小学校6年生だったので、ゴールが高くてシュートなんてほとんど届かなかったですし、できないことだらけでした。
今僕はジュニア育成プログラムを立ち上げていますが、当時はそうしたものがほとんどなくて、大人のチームにいきなり入るしかなかったんです。なので練習も、なかなか大人と一緒にはできなかったので、コート脇で個人練習をやったりしていました。
――高校卒業後アメリカへ留学していますが、何がきっかけでしたか?
中学1年生の夏に3泊4日の車いすバスケットボールットボールキャンプに参加したのですが、後に私が留学することになるイリノイ大学のヘッドコーチが特別講師として来日していました。
その時、当時のヘッドコーチから、アメリカの大学には車いすバスケットボール部があることや、車いすバスケットボールリーグがあることを教わり、イリノイ大学に来ないかと誘われたのですが、正直あまり現実味がなく、本気で考えてはいませんでした。
それでも、その後の学生生活でずっと留学のことが気になって、周りにたくさん相談もしながら考えたのですが、父親に背中を押されて、留学することに決めました。
――プロを目指したきっかけは何ですか
実は、最初からプロの選手になろうとは全く思っていなかったんです。
でも大学生で留学をしていた時に、このまま日本に帰るのか、あるいは他の国に行ってより自分を高めるのかっていう選択にせまられた際に、ヨーロッパでは車いすバスケットボールのプロ選手として活動できるチームがあるというのをイリノイ大学の先輩から聞いて知りました。そして、自分も、もっともっと上手になって日本代表のために挑戦し続けようと思い、その後ヨーロッパでのプロの道に進みました。
――夢や目標をかなえる為に大切にしていることは何ですか
やることが決まったら、それに向かって「逆算」をすることです。
自分も目標を立てるときは、“いつまで“に”どうなりたいか”を考えます。
逆算をするのは少し難しいけれど、夢や目標に向かうためには必ず必要だと考えます。「高い目標にむけてとりあえず頑張るぞ」というのも、だめではないですが途方もなく感じてしまいます。
やりながら中間目標を決めることもあるけど、あらかじめ逆算をして小さい目標を決めておくと、後から振り返りがしやすいというのがメリットだと思います。達成できた理由、できなかった理由を振り返ることが成長に繋がると思います。
――みなさんに一言お願いします
夢がまだ見つからない人も、焦る必要はありません。僕もすぐに夢が見つかったわけではないです。
みなさんは、これからもまだ学生生活が続いていきますし、高校、大学とそれぞれの進路の中で見つかっていくこともあると思います。なので、みんなで力を合わせて残りの学生生活も楽しく過ごしていってください。
2年4組 星川 堅信さん
「すぐに夢が思いつかなくてもネガティブにならなくて良い」
――小中高生の頃の夢は?
小学生の頃の夢は忘れてしまいましたが、中学生のころから少しずつプロ選手にあこがれを抱くようにはなりました。
――学生時代に夢中だったことは何ですか?
中学生の頃、部活の他にクラブチームにも通いながら2箇所でバスケットボールをしていたのですが、クラブチームの監督が夏休みの宿題として読書を課してくれたことから読書が好きになりました。
その頃読んだ「星の王子さま」という小説の「大切なものは目に見えないんだ」という一文が、自分だけの何かを見つけようと必死に目を見開いていた当時の僕の心を満たしてくれたことを記憶しています。
当時、はっきりした夢を言葉にできず、この授業のようにクラスの前で夢を発表する場面で自分だけ置いていかれる感覚を抱いたこともありましたが、「すぐに夢が思いつかなくてもネガティブにならなくて良い」と伝えたいです。
――プロを目指したきっかけは何ですか?
僕がプロを目指せるようになったのは、ある程度バスケットボールに詳しくなった高校生の頃に、どのプロ選手も得意とするプレーを持っている反面、苦手とするプレーも持っていることに気づけたからです。
プロというと、完璧な存在でなくてはならないというイメージがあり、自分からは遠い存在に思っていましたが、それぞれに弱みや不自由さがあっても、役割を持って堂々とコートに立っているという事実に気づくことができ、「みんなが完璧じゃなくてもいい。だったら自分だって挑戦していい」と思えるようになりました。
このことに気づくことができなかったら、僕はプロ選手という職業を自分の夢として掲げるだけの勇気が無かったと思います。
――壁にぶつかった経験はありますか?
昨シーズン中に突発性難聴を発症し、左耳の聴力が落ちてプレーができない期間がありました。現在は完治していますが、当時はこのまま聞こえなかったらもうバスケットボールを続けられないかもしれないと、すごく落ち込みました。
将来への不安から、アルバイト情報を眺めて、「早朝に一人でできそうな新聞配達がいいな」なんて考えてしまうほど気持ちが沈んだ時期もあります。
――そこからどのように乗り越えましたか?
周囲の方の支えが大きな力になりました。家族・チームメイト・ファンなど、本当に多くの人に手を差し伸べてもらって、夢をあきらめかけていたところを持ちこたえることができました。
支えてくれている皆さんに本当に感謝しています。
――星川選手の今の夢は何ですか?
プロ選手として活動しながら今書いてる小説を完成させたいです。
「小説を書くのはどれだけ難しいことなんだろう」と思い、その難しさを 体感するために筆を取ったのが小説を書き始めたきっかけです。
始めはなかなか書き進められなかったのですが、少しずつ継続しながらいつか完成させたいと思っています。
――みなさんに一言お願いします
僕自身、中学生の頃は自分に自信が持てず胸を張って夢を言うことができなかったのですが、完璧でなくても夢を追えるんだなと、気づくことができて、最近やっと周りに思いを伝えられるようになりました。
今回は僕がたくさんお話をしましたが、生徒のみんなの言えなかった気持ちや悩み、伝えたかったことなど、あったら手紙を書いてくれたら一つ一つちゃんと直筆でその人に言葉を返したいなと思います。
参加した生徒・先生からの感想
生徒
- 「夢を考えて」と言われるとすぐには思いつきませんが、身近なことから考えていくことで次の自分につながる発見がたくさんありました。みんなと意見を交換していくことで、さらに自分のこととしても考えることができて、とても良い時間になりました。
- 星川選手が私たちと同じ中学生だった時に、夢についての質問をされた際に、自分は何も答えることができなかったというのを聞きました。それでも、今では立派なバスケットボールットボール選手になっていて、とてもかっこいいなと思いました。無理に夢を見つけようとしなくてもいい、と言ってくれたことが心に残りました。
先生
- 生徒の目がとても輝いていました。夢を語ることに恥ずかしさや抵抗がある生徒もいますが、たくさん褒めてもらい認めてもらい、夢をもつことや語ることを前向きに捉えたのではないでしょうか。ありがとうございました。

「DREAM HOOP PROJECT」って?
「夢」は「輪」のように終わりがなく無限だということを伝えていきたいという想いを込めたプロジェクトです。バスケットボール選手による授業であることから、バスケットボールのリング「HOOP」とかけて、このプロジェクト名としました。
バスケットボール選手にこれまでの人生の選択やその選択に至った想いを話してもらうことで、夢や目標を持つきっかけとなってほしいと考えています。
当社は、これからもバスケットボールットボール界と共に、このプロジェクトを全国各地で開催していきます。


